第二章

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 僕は左田教授と共に丹沢市役所を訪れた。議員会館前には手作り感満載の着ぐるみと署名活動をしている人たちが屯していた。着ぐるみは瓢箪にも見えるし、胴体の縞模様からするとミツバチのようでもある。 「あのキャラは豆田神社の裏で発見されたダニの一種です。生物学的には貴重な発見らしいのですが、新市長が藪ごと葬り去るみたいな発言をしたものですから、ああやって毎日自然保護を訴えて抗議しているわけです」  柔道着姿の女性。バスケのユニフォームの男性。一歩下がって少し恥ずかしそうにしている女性は競泳の水着姿だ。どういう素性の人々なのだろう。自然保護とアスリート姿は結び付かないように思うが。 「オフィスは議員会館の裏です。馬酔木通りでユズルさんがどんな暮らし振りだったかは、起業フォーラムの連中に訊くのがベストだと思いましてね」  教授の説明の通り、起業フォーラムのオフィスは市役所内に常設されている。 「それにしても、彼、いや失礼、彼女は幸せ者ですね? あなたのようなパートナーが居て。普通の男は馬酔木通りの洗礼を受けたら尻尾を巻いて逃げ出すのがおちですからね」  僕はバンダナ男に脅されただけで、まさに尻尾を巻いて逃げ出した口だが、教授の発言の意図が全く分からない。 「いえ、僕も・・・・」 「戦場カメラマンをなさっているんでしょう? 銃弾が飛び交うような場所で仕事をされているんだ。そういう人なら馬酔木通りと正面きって渡り合えますよね?」  僕はギョッとした。僕は戦場カメラマンなどではない。確かに一時期憧れたことはあって、それでカメラマンの道を目指したのは事実だが、実際に僕が撮っているのはウエブデザイン用の素材で、撮影場所はスタジオだから銃弾どころか雨風に曝されることすらない。  ユズルだと思った。ユズルは何につけても僕が控え目にするのを嫌っていた。 「もっと偉そうにしてよ。モーちゃんはそれだけの人間なんだから」  きっとユズルは僕のことを勇猛果敢な戦場カメラマンだと起業フォーラムの人たちに話していたのだろう。
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