第三章

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 僕は運を天に任せる心境で鏡に映ったスキンヘッドを見据えて説明した。 「実は、その上月ユズルが行方不明なんです。夏祭りで集団食中毒が発生したって話もあるし、大丈夫かなって心配しているんですよ」 「心配してるって言うわりには、のんびりと散髪なんかしてるんだ?」  スキンヘッドは鏡に背を向けて呟くように言った。独り言の体にしては十分に聴こえる音量だ。僕が返しを口にしようとした瞬間に隣の客が割り込んできた。 「食中毒の話、わしも聞いたよ。驚いたねぇ。共栄の仁吾郎さんも亡くなったってさぁ」  隣の客を呆れ顔で眺めるスキンヘッドの表情が鏡に映っている。 「御隠居は呑気でいいねえ? 夏祭りの屋台で飯食った奴は千人できかないんだよ。それが病院に運ばれたのは数人だったって話だ。その数人だけが悪いもん食って逝っちまったのだとしたら、そうとうに運が悪いってことだ。よく考えてみなよ。そんなわけないだろう?」 「食中毒じゃなかったら何だよ? 毒を盛られたとでも言いたいのかい?」  隣の客が洗髪中の頭を上げて飛沫を飛ばしながら訊ねる。僕も彼の答えを聞き逃すまいと神経を集中させた。すると、スキンヘッドは平然とした顔で頷いたのだ。隣の客が滴を垂らしながら大口を開けて固まっている。 「だったら、警察が犯人探すだろう? 朝早くに騒いでたけど、その後は見掛けないけどねぇ」 「僕もそう思います。犯罪だったら警察が動くだろうし、今頃ネットで話題になっている筈だし」  スキンヘッドは「フン」と二人に聴こえるように鼻を鳴らした。 「警察なんて馬酔木に一歩入れば腰が引けちまって何も出来やしないよ。首突っ込んだらどんな目に遭うかよーく知っているからな。馬酔木の住人だって同じさ」 「えっ?」  僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 「どんな目に遭うんですか?」  鏡に映ったスキンヘッドの不気味な笑みを見ながら僕は洗髪ケープの下で震えていた。
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