第一章

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第一章

 三人の警官がニカーブ姿の人を取り囲んでいた。警官たちの表情は柔和で職務質問ではなく世間話をしている風だった。ニカーブで顔を隠した人を実際に見るのは初めてだったので僕は兎に角その姿に見入ってしまった。  ムスリムの女性だろうか。それとも、起業フォーラムの活動に出資している宗教団体の存在をユズルから聞いたことがあるが、その関係者だろうか。いずれにしても早朝に警官とこういう特異な井出達の人が親しそうに話しているこの状況は完全に意味不明だ。  ニカーブを被ったその人は突然、右腕を真っ直ぐに伸ばして僕のことを指差した。すると、それまで談笑していた警官三人が厳しい表情になって僕を目掛けて駆け寄ってきたのだ。疚しいことは何もしていないのに何故か僕は怖くなって後退りしてしまった。  腕組みして胡散臭そうに僕を眺めている警官たちの背後で、ニカーブ姿の人が宙を見据えて思い切り手を叩いている。飛び交う蚊を片っ端から退治しているらしい。 「一体、何なんだ? これ」  僕は思わず呟いて、何処かへ行ってしまいそうな正気を繋ぎとめようと力一杯深呼吸した。
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