第一章

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 ユズルのことが心配で胸がやきもきしていた。 「すみません。ちょっと先を急いでいるので、通してもらえると有難いんですけど」  警官三人は蚊を叩く手を止めて胡散臭そうに僕を眺めた。 「あっ、怪しい者じゃありませんから。免許証あります。見ますか?」  僕は財布から運転免許証を取り出して警官の一人に差し出したが、全く受け取る気がないようだった。僕は思わず天を仰いでしまった。  そのとき、背後で唐突にラジオ体操の旋律が大音量で流れ出した。警官三人の表情が一気に暗転する。  動物の群れのように一塊になって近付いてきたのは、お揃いのTシャツを着た一団だった。老人と子供たちで構成されていて青年や働き盛りの年代がすっかり抜けている。  胸に「汚れなし。ゴミなし」という太字のプリント。手にはハンディー掃除機や洗剤のスプレーを持っていて台車に乗せた業務用蓄電池もある。市民の清掃活動は僕の地元でもよく見掛けるが、清掃道具が重装備過ぎて異様な感じがした。  彼らは警察官や僕の足下も全く遠慮なく掃除していく。警官の靴を掃除機の先端部分が執拗に小突いているが、警官たちは何故か歯を食い縛るようにして黙認していた。  ニカーブの人はTシャツの一団が近付いてくるのを見ると慌てて踵を返し馬酔木通りの奥へと駆け去って行った。
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