第三章

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第三章

 丹沢市役所前から路線バスに乗り、僕は再び馬酔木通りに向かった。  豊山高校前から乗るバスは商店街の裏通りの「馬酔木通りアーケード前」に停まるが、このバスは商店街の正面側の「豆田神社前」に停まる。バス停の近くには私鉄の宝池駅もあるのに敢えて少し離れた所に在る豆田神社がバス停の名称になっているところからも存在の大きさが窺い知れる。  確かに駅や商店街はたかだか五十年程度の歴史なのに対して豆田神社はへたすると千年前には既に創建されていたわけだから特別扱いされても当然なのかもしれない。  豆田神社から背伸びをすれば見える距離に興和寺が在る。神社と仏閣は共存共栄の関係が一般的だが、馬酔木通りの場合、水面下で血で血を洗う争いが続いてきた。左田教授の話によると、争いの発端はバス停からも見える興和寺の墓地だったらしい。まったく酷い話で、興和寺を菩提寺にしていた当時の権力者たちが、墓地内に豆田神社の氏子の墓があるのを知ると、勝手にその墓を掘り返して土もろとも墓地の外へ捨てたそうだ。  左田教授に会う前であれば聞き流してしまいそうな些細な歴史の断片に過ぎない話だが、今となっては車窓から墓地が見えただけでゾッとしてしまう。 「次、豆田神社前、停まります」  アナウンスが聴こえた瞬間に僕は思わず武者震いしてしまった。  タラップを降りながら僕の頭の中にはバンダナ男の気味悪い風貌が浮かんでいた。舞い戻って来たと知ったら今度は言葉による脅しだけでは済まないだろう。変装しようかとも考えてはみたが、そんな腰の引けたことではユズルを救い出せないと思い直した。怖くないと言えば嘘になるが、本当に覚悟を決めると恐れも力となって背筋が伸びるものだ。  僕は先ず、勢力地図で何種類もの色が重なって塗られていた古い理髪店に向かった。
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