紅白饅頭

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試合後、改源のリーグ戦100試合出場のセレモニーがささやかに執り行われた。 ささやか、というのは謙遜でも何でもなく、今日が復帰戦になる予定がなかったので、あわてて花束を買いに行かせたりマイクスタンドやお立ち台を用意したりで大層大わらわだったという。 問題はプレゼンターである。普通こういう場で花束を贈呈するのは家族の役である。だが群馬に住む両親を呼び出す時間はなかった。準備が整うまで所在なげに立つ改源はそれだけが気がかりだった。 「葛飾プリンセーザ所属、藤原杏木選手より花束が贈呈されます」 なでしこの花束を手に進み出たのは江戸紫のジャージを着た色白で下ぶくれの顔立ちをした少女だった。 「藤くん」 戦場で旧友に再会したような安堵の笑みがこぼれた。 藤原杏木。今年京都から葛飾クラブに入団し、改源が面倒を見ている中学一年生。改源の骨折は彼女との接触プレーで起こった。 その顔を見て、なんで自分があんな痛みに耐えきれたのかが分かった。もし自分が試合に出られず、代表チームがアテネに行けず、日本から女子サッカーが消えてなくなってしまったら。 この少女は一生、自分自身を責め続けることになる。そんなことはさせられなかった。 今まさにボールを蹴っている全ての女性たちに、ここまでおいでと言えること。 そのために、あの悪夢のような時間はあったのだ。
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