紅白饅頭

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だがそれを表に出すことはできなかった。女子日本代表キャプテンであり、チームの攻守の要でもあった改源が試合に出られないことが分かれば、それだけで内外に動揺が走る。相手国にとっては格好のナショナリズムの高揚の手段でもある。日本にとってもこの国の首都を当時の首相が電撃訪問するなど、サッカーを超えた関心を集める一大イベントになりつつあった。 この時、日本の女子サッカーは瀕死の状態にあった。日本経済の悪化にサッカー人気の低下、そしてオリンピック出場を逃したことでスポンサーが相次いで撤退、国内のリーグも毎年複数のチームが解散や休止する時期が続いた。 改源もそれまでプロ契約を結んでいたチーム、葛飾ハイーニャからアマチュア契約、働きながら続けてくれと言われることになる。 そしてもう一人、同じようにハイーニャからプロ契約を打ち切られた選手がいた。目の前のアフロヘア、菅原だ。 群馬の中学を卒業した改源と仙台の高校から東京の大学に進学した菅原は年は違えど同期である。当時の葛飾クラブに女子の下部組織はなく、ハイーニャは母と娘ほど幅広い年齢層の選手がいた。 菅原のポジションは改源と同じアタカンチ、ストライカーだった。モデルのような長身に加えてバネもありヘディングを稲妻のように打ち下ろす。ドリブルさせてもラグビー選手のようにつきすすむ。 とんでもないのが一緒になってしまったと頭を痛めた15歳の改源は、菅原にない武器を磨く決意をした。足の速さなら自分に分がある。これに磨きをかけるには筋肉を増やし脂肪を減らす。ただの筋トレではアジリティを奪われる危険性があったので木登りや綱渡りといった練習にも取り組んだ。おかげでふくらはぎが別の生き物のように大きくなった。 結果として真逆の特徴を手に入れた二人は、ともにのしあがってゆく運命になる。 速さと巧さで軽やかに出し抜く改源、高さと強さで荒々しく勝負する二人のコンビはまさに疾風迅雷。日本代表でもツートップを組み、多くの国と戦ってきた。 プライベートでも一緒だった。惚れっぽくしょっちゅう失恋しては泣きわめいていた菅原、恋愛なんてサッカーには邪魔としか考えられなかった改源、ともに寿引退とは程遠かった。 同じ釜の飯を食い、ピッチでは喧嘩寸前まで口論し、恋ばなに花を咲かせ、下らないことで笑いあう。 そして、そこから生まれる阿吽の呼吸。 何気なくかけがえない幸福はあまりにも突然に終わりを告げた。
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