紅白饅頭

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「麻酔、打ってください」 改源の願いに、チームドクターがにわかに怪訝そうな表情を浮かべた。 この日はテストマッチだった。相手チームも真剣勝負で来るだろう。 座薬程度の痛み止めで、90分間もつとは思えなかった。 「あのなぁ、麻酔ってのは」 「ここ一番で使うんですよね。今日がその時です」 これが大会前の最終調整で、報道陣も本番前には最も多い。ここで自分が出なければ、もし試合中に動けなくなったらアクシデントを悟られる。だからだ。 「もう、知らねえからな」 斜めに切り込みの入った注射針の先から半透明の麻酔液が噴き出すのを見て、改源は思わず目を背けた。 試合中、痛みは嘘のように引いた。ダッシュしてもいつものように足が動き、ボールを思い切り蹴っても痛まない。まるで今までの苦しみが嘘のように走り、跳び、蹴ることができた。テストマッチに勝利し、45分を予定していた出場を60分に延ばせるほどの活躍ぶりだった。 だが、そんなものは一時的だった。 夕食を摂る前に、焼けた鉄の棒を押しつけるような痛みが左足を襲った。いつもの薬切れのは比べ物にならない痛みが、緩急なく続いた。明日の分の座薬を入れたがまったく効き目はなかった。 ベッドに突っ伏し、枕を噛んでうめき声を殺した。地獄のような夜が始まったが、不思議と後悔する気にはならなかった。
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