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「最近は転職も当然の時代だが、この案件に携わったらよほどのことがない限り離職はできないと覚悟してほしい。そのかわり、この内示を拒否しても評価には全く影響しないことを保証しよう」  急激に緊張感が増した。この低迷し続ける業界で何十年と荒波を乗り切ってきた人の圧とでも言おうか。 「詳細を話せるのは、辞令を交付したあとになる。それだけの機密と理解してほしい」  つまり、知ったからには辞められない。知らなければ、いち平社員として今まで通りの業務に戻れる。  辞書編集部に配属され、早数年。映画やアニメにもなった辞書編集に胸を踊らせ、自分なりにがんばってきた。  正直に言えば、退屈を感じている。  山のように積まれたゲラ。  微に入り細を穿つ校正・校閲の繰り返し。  辞書の編纂に携わるのは言葉に取り憑かれた人ばかりで、自分がどれだけ情熱を注いでも気後れは消えない。  この先ずっと、この日々が続いていくのか。そう考える日が増えた。  僕も人とは違うことがしたいと出版業界を志した人間だ。こんな仕事の内容すら知らされないアンフェアな状況だからこそ、胸が踊っていた。  わざわざ誓約書まで書かせて秘匿する百科事典。一体、どんな内容だというのだろう。
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