百話目の怪談

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 さて、そこで語られる肝心の怪談だが、話し手もプロではなく有志で集まった参加者のため、玉成混交…いや、あまり怖くもおもしろくもない話の方が多いといっても過言ではない。  かくいう私も怖い話は嫌いではないもののマニアというわけでもないし、別段。話し慣れてもいないので、自分の番に語ったのは「ある夜、寝ていると金縛りにあい、目を開けると枕元に髪の長い女の人が…」という、なんとも月並みでつまらないものであった。  いや、別に話したかったわけではなく、そういう決まりなので仕方なく披露しただけであり、そんなのでも緊張に噛み噛み(・・・・)になりながらなんとか最後まで頑張ったので、そこはどうかご容赦願いたい。    それでも一人で五、六話担当するような者はさすが好き者と見え、語られる話は私達ずぶの素人とは比べものにならないくらいおもしろく、また、プロの怪談師並に恐怖を引き立てる話しぶりなので、薄闇の中からは若い女性の短い悲鳴が方々から沸き起こり、会場が騒めくこともしばしばであった。  そうして、皆が披露する怪談話を聞きながら、蝋燭の火が一つ消え、二つ消え…次第に大広間には深い暗闇が拡がってゆき、かなりの長丁場に皆の疲れが見え始めたまさに丑三つの刻、頼りない小さな蝋燭の炎二つだけが灯る、となりの人間の顔すら見えない漆黒の宵闇が会場内に訪れたその時、いよいよ最後の語り部が残りの一話――九十九話目を話す番となった。  わずかに暗闇を侵食する、仄かな橙色の狭い輪の中に、白い浴衣を着た短髪の中年男性が静かに着座する。 「ええ、それではトリを務めさせていただきます。皆さま、お疲れのところではありましょうが、最後にもう一席、おつきあいのほどを……」  敷かれた座布団に座ると、別に大声でも高いトーンでもないのによく通る声で、彼は前置きの挨拶をする。  その慣れた仕草や語り口……まるで本物の講談師か落語家のようである。  その顔に見憶えはないので有名ではないのだろうが、話す順番は運営側が決めているため、もしかしたら一番盛り上がる最後のトリだけはプロの噺家にお願いしたのかもしれない。 「これは、私の友人の女性が若い頃に体験した話なんですけどねえ……」  彼の立ち居振る舞いにそんな感想を抱いている内にも、さっそく最後の怪談が始まる。 「まあ、S子さんとでもしておきましょうか。彼女、普段は普通にOLをしていて、見た目も綺麗でおしとやかそうな女性なんですが、じつは趣味がちょっと変わってましてね。その趣味っていうのが廃墟巡りなんですね」  廃墟巡り……もうすでに何かよくないことが起きる予感しかしない……。
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