百話目の怪談

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百話目の怪談

 わずかな風もなく、茹だるような熱気に包まれたある夏の日の夜、私は近くのお寺で催される〝百物語〟の会に参加していた。  この暑さに、少しでも涼を求めてのことである。  〝百物語〟とは、参加者が順に怪談を語ってゆき、一話語るごとに蝋燭の火を一つ消して、それを百話まで行うという伝統的な遊びである。  古来より、百話目の話を語り終え、最後の灯を消したところで本物の幽霊が現れるなどとも云われてる。  怖い話は聞きたくとも実際に出て来られてはやはり困るので、故に()物語とは言っても実際には百話語ることはなく、一話残した九十九話の寸止めで終えるのが正統の流儀だ。  それでも九十九話も話すのだから、語り部も相当数いるだろうし、かなりの時間もかかる。  とはいえ、一人一話では九十九人が必要となってしまい、とても会場である寺の大広間には収まりきらないため、定員は三十名、参加者は最低一話語る条件で、その道に通じた詳しい者は一人で五、六話受け持つという体制で行われた。  時間は夕刻、まだ橙色の日が残る薄明の頃――それ風にいえば〝逢魔が時〟……魔物に出逢うとされる時刻から始められ、時折、トイレ休憩と軽食(もぐもぐタイム)を挟みながら、最終話は丑三つ時(※午前二時半ぐらい)をゆうに回ること覚悟である。  本来は涼を求めて参加したのだが、冷房が入っているとはいえ、三十人もの生きた人間が押し込まれた会場はけっこうな暑さだった。  人いきれでムシムシする暗闇の中、百本もの蝋燭の赤い炎が実際に灯され、微かに揺れる仄かなその明かりに参加達の影が伸びたり縮んだりしている……。  閉め切られた夜の屋内とはいえ、蝋燭の火もそれだけ集まれば最初の内は思った以上に明るかった。  儚い橙色の小さな灯だけで照らされる、闇と光との境界がはっきりとしない、ぼんやりとした薄い色の闇……人もたくさんいるし、怖さというよりはなんだか幽玄さを感じる空間である。 「これは、私の友達の友達が実際に体験した話なんですが――」  そんな中、参加者はひとりひとり、交替で自らの怪談を披露し合い、話し終えたら蝋燭の火を一つ消してゆく……。  本来は蝋燭ではなく、別室で青い紙を貼った行燈(あんどん)に百本の燈心を入れた灯明皿で明かりを灯し、語り終えたらその部屋へ行って燈心を一本引き抜いて消す…というやり方であったようだが、江戸末期には今のスタイルに変化したみたいである。
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