◆ヘアサロンとイタリアンレストラン

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◆ヘアサロンとイタリアンレストラン

「ねえ、沙耶ー、オーディション、どうだった?」 須藤(すどう)杏美香(あみか)がすすすっと私の横に近づいて聞いてきた。今、クラスルームに入ってきたなり聞かれて、私はびっくりして、彼女を見た。 「え?あ、ああ・・・」 「ああ、じゃないよ?心配で心配で、落ちてたらどうやって慰めようかなんて考えてたんだから」 ああ、彼女はいつもこんな感じで、失礼とか抜きにしてずけずけ私の心に入り込んでくる。でも、裏表がないのが良くわかるので、決して嫌じゃない。だから、高校に入ってから、割と一緒に居ることが多い。 「うん。受かったよ」 私は声を潜めて、彼女にちょっと顔を寄せてささやいた。 杏美香は目をまん丸くして、私の顔を見て、その次の瞬間に満面の笑みを浮かべて 「よかったねー!」と言って私の手を握った。 「ちょっと、声のボリューム下げて・・・」 彼女以外にモデル事務所を受けたことを言っていないので、周りに気取られないように私は言った。でも、素直に喜んでくれる彼女を見たら、私も改めてうれしくなってきた。 「あ、ごめん・・・でも、これから忙しくなるんじゃない?」 「うん。でも、まだ事務所の正式登録とかの手続きして、レッスン受けてとか、いろいろあるみたい」 「すごいなー、本当に受かっちゃうんだもんね。私も沙耶みたいに、やりたいこと見つけたいなー」 「杏美香なら、大丈夫だと思うわよ?」 「なんで?」 「だって貴女、興味持ったことにどんどん行くじゃない?今だって、弓道部で男の子たちに憧れのヒロイン的に扱われてるんでしょ?」 「うーん、でも弓道ってその先無いじゃない?仕事にはならないわよね?」 「そりゃまあ、そうだけど・・・」 「でもいいの。沙耶が自分の道を進んでくれるのを、私は応援してあげるよ?」 「ありがとう」 こんなやりとりが、なんだかこそばゆい。私の顔立ちはシャープでやせぎす。肩甲骨くらいまであるストレートの髪が真っ黒で重たい印象。ともすれば前髪で目が隠れてぱっと見は暗―い女?そのせいか、中学のころからの友達は、どちらかというとオタクが入っているような子だったり、逆に超まじめな委員長タイプだったりで、あんまり女の子べったりした感じの友達はいなかった。そういう意味では、杏美香はいままでにないタイプの娘で、会話も女子会のノリ?(もちろん、そんな女子会っていうのが本当はどんなのかわからないけど)みたいに思えて、心地よかった。 事務所からの連絡はとてもシンプルだった。Artelooxと表紙に印刷された封筒で自宅に連絡がきた。 「この度はご応募いただき、誠にありがとうございます。厳正な審査の結果、貴女は当Artelooxの専属モデル研修生という形で御契約をさせていただきます。つきましては、下記の日時に、詳細説明をさせていただきますので、下記記載のものをご持参いただき、当事務所までお越しください」・・・云々・・・ これを見たときは、飛び上がるほどうれしかった。手紙を抱きしめた。いままでいろいろ努力して健康に注意して、肌も手入れして、歩き方も、心構えも、いっぱい勉強してよかったー! こういうのって、なんていうんだろう?天にも昇る気持ち?本当にそんな気分になるんだって、自分でもびっくりした。神様ありがとう!って叫びたい感じだった。 指定された日に、事務所へ行った。受付を通って、以前面接を受けた時に待っていた控室に通された。そこには、一緒に受けた時に見た人が、私を含めて3人いた。男性1人、女性一人と私だった。男性は、大学生くらいか?ちょっと大人びた服装に、何ていうんだろう?ソフトモヒカン?両サイド刈り上げて、トップを立たせた感じ。顔は細くて目が鋭い感じで、ちょっととっつきにくそうだった。女性は私と同じくらいか、やはり細面の目つきが鋭い感じ。ソバージュの髪をかき上げながらスマホを見ていた。 私が軽く会釈して入ると、彼はこっちを見て、顎をちょっと出した、「ちーっす」という、良く男子がやっている会釈をした。ソバージュの彼女はスマホから目を上げて斜めに会釈した。 じきに、面接のときに呼びだしをしていた中年の女性が入ってきて、各人の名前を確認して、それぞれの前に書類を置いて出て行った。私たちは、とりあえずその書類に目を通し始めた。 しばらくすると、ドアがガチャっと開いて、モデルのような美人の女性が入ってきた。正確に言うと、モデルだった。 「高城ユリ・・・さん?」 私がつぶやくと、彼女はぱっと笑顔になって私を見た。 「はい。高城ユリです。あなたならすぐ気がついてくれると思ったわ」 ほかの2人がびっくりして私の顔を見た。私はもっとびっくりした。 「え?す、すいません、どこかでお会いしましたか?」 「あはははは、そこは気がついてなかったのね?面接したじゃない?私居たわよ、社長の右隣に。もっとも、髪型も化粧も、服も今と違うから、気がつかなくて当たり前だけど?」 3人で同時に「ええー!」と声をあげてしまった。 「いや、全っ然わかんなかったっす」 「私も・・・」 ほかの2人が口々に言う中、私も茫然と見ていた・・・ 「さ、これからは同じ事務所になるんだから、一緒にがんばろうね!」 高城ユリは明るく言うと、3人が座る長机の反対側の椅子にポンっと腰を下ろした。 「せっかくだから、まずは自己紹介をしましょうか?みんなも続いてね?私は高城ユリ。今、この事務所の専属モデル契約をしています。趣味は、映画鑑賞と園芸かな?今、ベランダで野菜を育てるのにハマってます。去年大学を卒業して、今はモデルの活動を中心に、時々事務所の事務もお手伝いするようになりました。わからないことがあったら何でも聞いてね?・・・はい。じゃ右の君から、次ね」 そういうと、端に座っていた男性に向き直った。 「あ、初めっして、高杉悠斗(たかすぎはると)と言います。大学2年っす。大学で演劇サークルやってます。この業界は初めてです。ファッションが好きで、演劇サークルでも衣装担当も兼ねてます。よろしくお願いしぃーっす」 「はるとクンね?どういう字を書くの?」ユリさんが聞いた。 「悠々自適の「ゆう」に、北斗の拳の「と」っす」 「めずらしい読み方ね、よろしくね、はるとクン。じゃあ、次、あなた」 「こんにちは。私は天野(あまの)陽菜(はるな)と言います。大学1年です。ファッション小物を集めるのが好きです。私はモデルになって、みんなにファッションの楽しさを伝えたいと思ってこの業界に入ろうと思いました。頑張りますので、よろしくお願いします」 そう言って天野さんはすっと立って、深々とお辞儀をした。なんだか、周りに花びらが散ったような雰囲気の、華のある人だなーと思った。 「陽菜さんね、よろしく。じゃあ、次、貴女ね」 そう言って、ユリさんは私の目をまっすぐ見た。その目はなんでも見通してしまうような深さで私の顔を貫いた気がした。私はそれでも、負けまいと気を取り直して、まっすぐユリさんの目を見返した。 「私は、小林沙耶と言います。高校2年です」 そう言った時に、高杉さんが「JKじゃん」とつぶやいた。 「好きなものは綺麗なものです。花や海や、あと絵や建物も、光り輝く瞬間が好きです。私は、高城ユリさんに憧れてこの業界に入ろうと思いました。がんばりますので、よろしくお願いします」 「そうね、沙耶さんは面接のときに、私に憧れてって言ってたわよね?」 「はい。でもこんなに早くお目にかかれるとは思いませんでした・・・」 「ありがとう」 そう言ってユリさんは、3人に向き直って、書類の説明、契約の内容、これからの活動について手際よく説明していった。 「あなたたちはまだ研修生という立場での契約だから、そこのところ理解してね。事務所が、十分仕事をこなせると判断出来たら、いわゆる、専属契約ってかたちに移行するから」 「わかりました」 「じゃあ、それぞれのこのあとのレッスンのスケジュールに沿って、まずはプロとしての準備を進めて行ってください。明日はあなたたちの為にあるのよ」 そう言ってユリさんはトントンと書類を束ね、クリアファイルにしまった。みんなが帰ろうとしたとき、ユリさんが、私を呼び止めた。 「あ、沙耶さんは、ちょっとこのまま残ってくれる?あなた高校生だから、いくつか追加で調整しないといけないのよ」 「あ、はい」 ほかの2人が帰っていくのにお疲れ様と声をかけて、私は同じ席に座りなおした。 ユリさんは、私のとなりに座りなおして別のクリアファイルから書類を出した。 「実は、貴女を採用したのは、近々にイベントがあって、すぐにそれの準備にかかって欲しいからなの」 「え?いえ、だってまだ研修生っていうことじゃないんですか?」 「ええ、それはそうなんだけど、年末に女子高生コレクションっていうのをやるのね?そこに、うちの事務所からも何人か出せないかって話があったんだけど、ちょうど出られる年齢の娘が少なくて、どうしようかと思ってたところに貴女が来たってわけ」 「ええ?年末って、あと2か月くらいしかないじゃないですか?私、まだ何も準備できてませんよ?」 「うん、わかってる。だから、こうしてお願いをしているの。ほかの2人には内緒ね?あなたには、特別レッスンを受けてもらうわ。あと2か月でちゃんとお仕事できるようになってね」 「あ、は、はい!頑張ります」 私は、何が何だかよくわからないけど、もうすぐモデルとしてデビューできるということだけはわかって、信じられない気持ちと、不安がないまぜになった気分だった。 それからの週末はすべて埋まった。時には、学校が終わったあとも、事務所の契約しているスタジオに行った。ほかの2人は、週末のレッスンの時に数回会った。2人はそれぞれに、やはり何かのイベントに出てほしいと言われたようで、やはりレッスンが大変と言っていた。ユリさんには結局あれから会っていない。一抹の寂しさを覚えたけど、それより目の前の課題をこなすので精いっぱいだった。 年末のイベントは十二月二十四日と決まった。クリスマスイブの日だ。そこでは、国内の有名デザイナーとファッション雑誌のコラボで女子高生向けのファッション革命を提言する、という趣旨らしく、読者モデルとかも起用しながらイベントを行うというものだった。 十二月に入った週末のレッスンのとき、ユリさんがダンスレッスンのスタジオに姿を現した。彼女が入ってきたとき、ちょうど休憩時間だったのだが、入ってくるなり室内がぱぁっと明るくなる気配がした。 「おはようございまーす」 「おはようございまーす」 口々に挨拶すると同時に、そこここで、「あれ、高城ユリよ・・・」「誰?」「知らないの?ほら、東京ガールズコレクションであの歌手と一緒に歩いてた・・・」「あーあれ?」などとひそひそ声が私の耳にも聞こえて来た。 と、ユリさんは私を見つけて、つかつかと近寄ってきて 「沙耶ちゃん、今日、このあと時間ある?」 「え、ええ、あります。このレッスンが終われば、あと予定はないので」 「じゃあ、私と一緒にランチしましょ?レッスン終わったらメッセちょうだい」 そう言ってさっさとスタジオを出て行ってしまった。 やっぱり歩く姿に華がある・・・そう思って、ぼーぜんと見送っていたら、周りの知り合いが「沙耶―、知り合いだったの?」「今度紹介してよー」などとまとわりついてきたので、「同じ事務所ってだけよ」とあしらった。
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