◆夢に向かって

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私はとにかく早く校門にいきたくて、夢中でカバンを掴み、杏美香にバイバイしながら小走りに教室から出て行った。 階段を降り、下駄箱で靴を履き替え(あー、じれったい)校舎の外に出た。 校門まで走った。途中、数人の友達に声をかけられたが、手だけあげてとにかく校門に向かった。 校門を出たところで、特にそれらしい人影はなかった。立ち止まって見渡すと、道の向こう側に停まっている黒いセダン車の窓がするすると開いて、中から見覚えのあるもっさりしたウィッグをつけたユリさんが、こっちを向いて手を振ったのが見えた。 「ユリさん!」私は思わず叫んでしまった。 そうして車が来ないのを確認して黒いセダンに駆け寄った。 ユリさんは「乗って?」と言って反対側のドアを指した。 私は、とにかくうれしくて、車の反対側にまわり、助手席のドアを開けて乗り込んだ。 「ユリさん、迎えに来てくれたんですね。」 半分息を切らせながら、なんとかそれだけ言った。 「なぁに、沙耶ちゃん、走ってきたの?息上がってるわよ。」 「だって・・・はぁ・・・ユリさんが来てくれるなんて・・・はぁ、はぁ・・思ってもみなかったから・・・嬉しくて・・・」 「ふふふ、ありがとう。ごはんまだでしょ?一緒にご飯食べに行きましょ?」 「は、はい。嬉しいです」 とにかく私は嬉しくて、ユリさんが運転する横顔を見つめていた。 「沙耶ちゃん、何食べたい?」 「な、なんでも良いです」 「じゃあ、ちょっと遠いけど、私のおすすめのお店に行きましょう」 「はい」 私はようやく呼吸が落ち着いてきたところで、ユリさんがなんで今回は車で迎えに来てくれたか疑問に思い、聞いてみた。 「ユリさん、運転できるんですね」 「うん、免許取ったのは2年前だけどね」 「今日はなんで車なんですか?」 「沙耶ちゃんが試験がんばったご褒美にドライブでも行こうかなーって」 私は嬉しくて顔がニヤニヤするのを止められなかった。 「今日はオフなんですか?」 「午前中仕事が入ってたわ。明日も仕事あるし、今日しか沙耶ちゃんとゆっくり会えないかなと思って。今日っておうちにいつまでに帰ればいいの?」 「あ、ええと、家には連絡いれておきます。夜9時くらいまで大丈夫です」 「そっか。じゃあ、夜ご飯も一緒に行けるね?」 「はい」 「お昼食べたら、ドライブにしましょ?」 「あ、でも私、制服のまま・・・」 「大丈夫。ちゃんと着替えを持ってきてあげたわ」 「えーっ!そんなことまで準備してくれたんですね。嬉しい・・・」 ユリさんがドライブしてなければ飛びついてしまうくらい嬉しかった。 でもユリさんはそれほど運転に慣れた感じではなかったので、私はおとなしくしていようと思った。 とりあえず、家には試験の打ち上げと買い物ということで、9時には帰ると連絡を入れた。30分くらい走って、街中を抜け、国道沿いの大きな店構えの和食屋さんに入った。 「着いたわよ。ここ、個室が充実してて、外から見えにくくて良いのよね」 「和食屋さんですね?」 「ここのウナギが美味しいの」 そう言ってユリさんはトランクから大きめのカバンを出し、店の中に入って行った。私もそのあとからついて行った。 店に入ると、太い丸太の梁のある古民家のような店で、障子で細かく仕切られた造りになっていた。 奥の座敷みたいな造りの部屋に通された。そこは襖張りになっていて、天井もあり、完全な個室になっていた。 とりあえず、部屋で注文を済ませ、仲居さんが去った後に、ユリさんはカバンを開けて、服を数枚出して見せてくれた。 「沙耶ちゃん、この中から好きなの選んでね?」 どれも可愛くて、はやりのファッションらしく、色が鮮やかだったり、フリルが綺麗だったりで、確かに高校生向けといえばそんな感じだった。1枚だけ、ちょっと大人びた感じのネイビーブルーのワンピースがあり、私はそれが気に入った。 「このワンピースにします」そう言って、着替えをどこでしようか考えていたら、 「着替え、ここでしちゃって大丈夫よ。仲居さんはちゃんと入ってくるとき声をかけてくれるし。待っててといえば待っててくれるわ」 「そうなんですね。わかりました」 そう言って制服を脱いだ。 ワンピースをかぶって、背中のジッパーをあげようとして手探りしていたら、ユリさんがさっと立ち上がって手伝ってくれた。 「はい。できたわよ。こっち向いて?」 私は言われるがままにユリさんの方を向いた。 そのついでに、少しくるっと回ってみた。 「どうですか?似合います?」 「うん。沙耶ちゃん、良く似合ってるわ。」 そう言って、ユリさんは、そっと私にキスしてくれた。 私は嬉しくなって、ユリさんの首に腕を回して、ギューッと引き寄せ、激しいキスをねだった。 「沙耶ちゃん・・・もう・・・ふふふ」 そう言ってユリさんはもう一度ゆっくり、唇を押し付けてくれた。舌をからめた。久しぶりのユリさんのキス・・・私はとろける感じを全身で受け止めたくてユリさんの背中に手をまわした。ユリさんも私を抱きしめてくれた。 幸せだった。 「失礼しまーす」 仲居さんの声で、はっと我に返り、ぱたぱたと二人でテーブルに着いた。 仲居さんが料理と飲み物を運んできてくれた。 二人で顔を見合わせて、ふふふっと笑った。 そんな時間が、とても幸せだった。 食事を終えて、店を出、ユリさんはそのまま郊外に車を走らせた。 高速に乗ってひと安心したのか、ユリさんが話しかけてきた。 「沙耶ちゃん、試験出来た?」 「はい。ユリさんのメッセージで、がぜんやる気が出て、今回はちゃんとできました」 「返信が無かったから、迷惑だったかとおもっちゃったわ」 「あ、すいません。でも、私、ユリさんとメッセやりとりすると、ユリさんの事ばかり考えちゃうので、今回は返信しませんでした。ごめんなさい」 「あははは、そう。それじゃしょうがないわね。ところで来年は3年生よね?もう進路決めたの?」 「正直、悩んでるんです。大学行かないで、モデル専念しますっていうのは、どう思いますか?」 「それも貴女の選択だから、私がどうこう言える立場じゃないけど、私は結局そうなっちゃったの。運よく売れたからいいけど、売れなかった娘の話を聞いてると、やっぱりもうすこし勉強しておくんだった、っていう娘が多いわ」 「そうなんですか・・・」 「そういえば、イサオ・タテグチ事務所の坂内さんってスタイリストさんいたじゃない?沙耶ちゃんのこと褒めてたわよ?ちゃんと勉強したら、いいスタイリストになるんじゃないかって」 「スタイリストになるにも、やっぱり勉強いるんですね」 「それはなんでもそうだと思うわ」 「そうですか・・・」 私は少し考えた。考えてみたけどなんだか、もやがかかったみたいで、はっきりしたイメージがわかなかった。そうしているうちに眠ってしまったようだった。 「沙耶ちゃん、着いたわよ」 「ん・・・あ、は、はい」 「よく寝てたわね」 私はちょっと恥ずかしくなった。 と、ドアを開けると潮の香りがした。 「え?海・・・ですか?」 「そう。海浜公園まで来ちゃった。海が見たくて」 車を降りて駐車場からコンクリートの道を波の音のする方に向かって歩く。 その先の階段を上ると展望台のようになっていて、上に着いたとたんに、目の前は大きな海が広がっていた。 「うわぁぁぁぁ・・・」 「ね、気持ちいいでしょ?」 「はい。私、ここに来たの初めてです」 「そう、良かった」 時折吹く風に髪をさらわれながら、海を見ていたら、さっきまで考えてた将来の事は忘れてしまった。横を見ると、髪を手で押さえたユリさんが、目の前の海ではなく、さらに遠くの海を見つめているように見えた。 私はふと寂しくなって、ユリさんの手を握った。 「沙耶ちゃん?」 「ユリさん・・・・」 私の方を見たユリさんは、いつものユリさんだった。 ふと、ユリさんはまた、海の方を見つめてこう言った。 「ねぇ、沙耶ちゃん」 「はい」 「この海の向こうってアメリカだよね。インターネットの時代になって情報はいっぱい見れるけど、行ったらやっぱり私たちの知らない世界が広がってるんだよね。それってすごいことだと思わない?」 「・・・そうですね」 「そこにも、私たちみたいに夢を追っている人たちがいるんだよ。どんな人たちなんだろうね」 私は、ユリさんが何を言おうとしているのか良くわからなかった。 それでも、ユリさんが夢を追って頑張ろうとしていることだけはわかった。 「がんばれー、私―!」 突然、ユリさんが海に向かって叫んだ。 平日の昼なので、人はまばらにしかいなかったので、ユリさんの声に反応する人はいなかった。私はただ無言でユリさんの手を握りしめていた。 「寒くなってきたね。行こっか」 「はい」 私はわずかな心の中の影に気がつきながらも、ユリさんと一緒にいるこの時間を大切にしようと思いなおして、その影を無視することにした。
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