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◆残されたもの、残したもの
次の日、私は茫然とした顔で学校に行った。
多分、そういう感じだったと思う。
昨夜は何もしたくなかった、出来なかった。
朝も、習慣で動いて学校に来ただけだった。
授業中も窓の外を見て過ごした。
春から初夏に移っていくときの、木々の緑があまりにもさわやかで、さわやかすぎて眩しく見えた。
なんだか、実感がわかなかった。
連休前までと何も変わらない日常がここにあった。
ただ、この日本にユリさんがいない、それだけだった。
それだけなのに、どうして私はここでいつも通り学校にいるんだろう、と考えてしまう。今までそんなことは一度も考えたことはなかった。
そうして1日が過ぎた。
「じゃあねー、また明日」
「うん、またねー」
そんないつも通りの日常の会話が聞こえてきて、私はようやく全部の授業が終わったのだと気がついた。
「沙耶ー、いつまで窓の外見てるの?帰ろうー」
杏美香が声をかけて来た。
「あ、うん」
「どうしたの?元気ないね?」
「うん、なんでもない」
「なんでもないって感じじゃないよ?」
「うん、なんでもないの」
「・・・あっ、そういえばさ、さっき、ネットのニュースに流れてたんだけど、高城ユリがハリウッド映画に出るんだってね?すごいねー、日本人モデルがハリウッドの映画出演って今までいなかったって。確か高城ユリって、沙耶の憧れの人じゃなかったっけ?」
私は、ゆっくり杏美香の顔を見た、のだと思う。
「?どうしたの?」
私の中の糸がプツンと切れた気がした。あふれてくる感情を抑えきれなくなった。
「・・・杏美香ぁ・・・・」
「ん?ど、どうしたの?沙耶?何かあったの?」
「・・・・あみかぁ・・・ああ・・あー・・・」
「どうしたの?沙耶、泣かないで?何か悲しいことがあったの?」
もうすべて終わったと思えて。
放り出された気がして。
置いてかれた気がして。
「あああああ・・・」
私はとめどなく泣いた。
杏美香の胸に顔をうずめて泣いた。
杏美香は、その間、何も聞かずに、ずっと私の頭をなでてくれていた。
杏美香の胸は、ユリさんとは違う、ほんのり石鹸のような甘いにおいがした。
◇
それから数日して、北崎さんから連絡があった。
【渡したいものがあるので、学校が終わったら連絡ください】
私は、何か事務所からの連絡事項だと思って、事務的に【はい、わかりました】とだけ返信した。
そして、その日の授業が終わった後に、【今終わりました】と連絡を入れた。
すると、すぐに【校門の前で待っています】と返信がきた。
校門の前?そんなに急ぎの話なのかな?そう思って、杏美香に「じゃあね」と言って校門へ向かった。
そこには、黒いセダンが停まっていた。一瞬、ユリさんのことを思い出して喜んだけど、そんなはずは無いと思い返してその車に近づいた。
ドライバー席の窓が開いて、北崎さんが「家まで送るわ、乗って」と言った。
助手席側にまわって、車に乗り込んだ。
「沙耶ちゃん、元気なさそうね」
「いえ、そんなことないです。そう見えますか?」
「・・・これ、貴女が持っていた方が良いかと思って、持ってきたの」
そう言ってピンクのメガネケースをくれた。
開けると、いつもユリさんが変装に使っていた臙脂(えんじ)のふちの伊達メガネだった。
「これ・・・ユリさんの?」
「そう。あの娘、そういうもの全部置いて行っちゃったのよね。ろくに荷物も片付けずに。私に、適当に処分しておいてって言い残して」
私はその眼鏡をじっと見つめていた。
「沙耶ちゃんには、何か言って行ったの?」
「・・・はい。手紙をもらいました・・・」
「そう・・・」
私は、今までのユリさんとの会話をいろいろ思い出しながら、私は今どうするのが良いか考えていた。
ふと、ユリさんの言葉が思い出された。
(スタイリストの坂内さんが、沙耶ちゃんのこと褒めてたわよ。ちゃんと勉強すればいいスタイリストになれるって)
「あの、早緒莉さん」
「なあに?」
「イサオ・タテグチ事務所の坂内さんってスタイリストさん、もう一度会うことできませんか?」
「なあに、突然。うーん、連絡先はわかっているから、会おうと思えば会えるわ」
「もう一度会いたいです。私の将来について、相談したいんです」
「どういうこと?」
「え、いや、あの、スタイリストになるための勉強って、何をすればいいのかと思って」
「沙耶ちゃん、スタイリスト目指すの?」
「いえ、モデルは続けます。でも、将来につながる勉強は今するしかないと思って」
「そう。いいわ。アポイントメント取ってあげる」
「ありがとうございます」
私は、ユリさんの思いを無駄にしないためにはこれしかないと思った。
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