◆残されたもの、残したもの

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土曜に、イサオ・タテグチ事務所に行くことになった。 私はユリさんと出かけた時に着替えとしてもらった青いワンピースを着て、事務所に向かった。事務所のロビーで北崎さんと待っていると、奥から坂内さんが出て来た。 「やあ、いらっしゃい。半年ぶりだね?」 「こんにちは。お久しぶりです」 「急にお呼びだてしてすいません」北崎さんが言った。 「北崎女史、こんにちは、大丈夫ですよ。ちょうど空き時間があったんで。 沙耶ちゃんだっけ?ちょっと見ないうちに、大人びた感じになったね」 「ありがとうございます」 私は覚えていてくれてちょっと嬉しかった。とりあえず用件を話ししたくて、うずうずしていた。 「用件は、そこのテーブルで良いですか?」 そう言って、ロビーの一角にあるテーブルを指した。 「はい、大丈夫です」 3人でテーブルについた。座るなり話を切り出した。 「さっそくですいません。スタイリストになるための勉強って、何をすればいいか教えていただけませんか?」 「おっと、単刀直入に来たね。それって、沙耶ちゃんはスタイリストになりたいって事かな?」 「スタイリストが良いのかわかりませんけど、ファッション業界で働くには、まずそういう基本的なところを知りたいと思ったんです」 「そうか、分かった。まあ、スタイリストって言ってもいろいろだし、一番手っ取り早いのは、沙耶ちゃんの年齢なら、服飾系の専門学校に行くのが良いと思うよ」 「坂内さんもそうだったんですか?」 「いや、僕の場合は美術系の学校だったんだけど、卒業したあとにファッション系のところで働きたいと思って、舘口さんに拾ってもらったって感じだけどね」 「そうなんですね」 「で、服飾系専門学校だけど、この地域で言うと杏和女子短大あたりがおすすめかな。あそこには舘口さんのライバルと目された森中教授がいるからね。多分君も聞いたことがあると思うけど、Cheggyってブランドの専属デザイナーをやってた人だよ。」 「そうなんですね?分かりました」 「沙耶ちゃん、良かったわね」 「今日はお時間を取っていただき、ありがとうございました」 「いやいや、お役に立てて光栄ですよ」 そういって照れた顔で笑った笑顔は、あの時と同じだった。              ◇ 北崎さんに、ついでにもう一か所付き合ってもらった。 以前ユリさんに連れて行ってもらったヘアサロンだ。 「いらっしゃい・・・あ、ユリちゃ・・・じゃない、ええっと、沙耶ちゃんだっけ?」 北崎さんからもらった、ユリさんの伊達メガネをかけていたから、飯島さんは間違えたようだった。 「飯島さん、ご無沙汰してます。あの時はありがとうございました」 「いいえ、こちらこそ。今日は?」 「今日は髪を切って欲しくて来ました」 「ほお。いいですよ。で、どういう風にしましょうか?」 「ショートボブにしてください」 「え?沙耶ちゃん、ショートにするの?」 北崎さんが驚いて聞いた。 「はい。心機一転、頑張ろうと思いまして、思い切ってショートにします」 「今のでも十分可愛いと思うけど、いいですよ。ご要望とあれば。それが私の仕事ですから」 (わたしの仕事ですから・・・か。良い言葉だな)私は一人、そんなことを思っていた。 そして今まで一度もしたことの無かったショートヘアーになった。 北崎さんとそのあと少し打ち合わせをして、この後夏までは少しモデルの仕事をつづけるけど、秋からは受験に向けて、少し仕事を控えるようにしてもらった。レッスンも定期的に入れるけど、通常より少なくしてもらった。 私はとにかく、今できることを全力でやること。 それをユリさんと約束したんだと思って頑張ることにした。 初夏の風が、ショートボブにした私の首元をすーっと流れていった。 つづく
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