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スーパーモデル(というと言いすぎかな?)と二人きりの部屋でいるのは、なんだかちょっとこそばゆい気がした。ユリさんはお構いなしに化粧道具の中からベースファンデーションを取りながら私に向かって言った。
「じゃあ、今からモデル顔の作り方、実践編を教えてあげるね?多分カリキュラムにはあったと思うけど、私が教えるのは実践編。つまり、人と差をつけるワンランク上の個性の出し方ってところかな」
「はい。なんだか、こんなにしていただいて、なんとお礼を言っていいか・・・」
「そんなに固く考えなくていいの。私が好きでやってるんだから」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、やろうか」
そう言ってから、レッスンで教わった基本をしゃべりながら、そこにアレンジを加えるコツを言い、その通りにやって見せてくれた。私はそれらの一つ一つを覚えなければ、と必死になって、自分の顔の感覚と、説明をつなげて記憶していった。
「こんなんでどうかな?」
鏡を見ると、確かにレッスンで教わった派手目のメイクより、いい意味で目立つ顔になった。ルージュのグラデーション、チークのポイントハイライト、ノーズの影なんかは、一歩間違えると劇団四季になる勢いだった。それでも、確実にレッスンメイクより映えると思った。
「あの、ありがとうございます。本当に勉強になりました」
深々とお辞儀をして、感謝を伝えたかった。
「いいのよ。これをもとに、自分なりのアレンジを見つけてみてね」
「あ、はい。がんばります・・・」
「やっぱり見込んだだけのことはあるわ。あなた、顔が派手るのよね。・・・綺麗だわ・・・」
そう言って耳元に手をあてられたと思った矢先、ユリさんの顔が近づいてきた。唇に何かふわっと暖かいものが触れた。
「!」
「ふふっ。あんまりにもきれいだから・・・」
私は何が起きたのか、すぐには理解できず、茫然としていた。
あれ、今のって・・・あ・・・き・・・キス・・・?
ユリさんはちゃっちゃと化粧道具を片付け、まわりの椅子をもとあったところに片付け始めた。
と、私の顔を見るなり、表情が変わった。
「あれ?沙耶ちゃん、泣いてるの?」
「え?」
ふと頬に手をやると、指先が濡れた。
「え、え、ごめん、ごめんね・・・あ、もしかして初めてだったとか?あ、うん、あのね、そんなんじゃなくてね・・・あーもう、どうしよう、ごめんねー・・・」
ユリさん、あわててる・・・私、泣いてる?なんでだろぅ・・・なんだか胸がいっぱいになっちゃって、私にもわからない・・・
ユリさんがまだぼぉっとしている私を抱きしめて来た。あたたかい・・・やわらかい・・・あこがれのひと・・・ウレシイ・・・
あ、また涙が出て来た・・・わたし・・・うれしいんだ・・・感動してるんだ・・・
「沙耶ちゃん、ごめんね、ごめん・・・」しきりに謝って、背中や頭をさすってくるユリさんにつぶやくように私は言った
「あ・・・あの、そうじゃないです。多分、か、感動して・・・その・・・」
「え?」
ユリさんの動きが止まった。
ゆっくり体を離して、私の顔を見つめて来た。
目の前に憧れの人の顔が・・・しかも間近に・・・さっきキスしてくれた・・・
私はまた、胸の高鳴りとさっきの余韻がまざった、不思議な感覚を思い出し、ふと口をついてこんな言葉を言ってしまった
「も、もう一度、してもらえませんか?」
今度はユリさんがびっくりして止まった。
「え?い、いいの?」
ゆっくりうなずいた。
憧れのユリさん。
私に、お化粧をしてくれた。綺麗と言ってくれた。
キスしてくれた。
私は、ゆっくり近づいてくる憧れの人の唇から目が離せなくて、目で追った。と、触れたと同時に目を閉じた。
全部の神経が唇に集まったみたいだった。頭がしびれた・・・柔らかかった・・・そして、いい香りがした。
ユリさんの暖かくて、柔らかい唇が、かすかに動いて、私の上唇をそっと包んだ。私はただ、されるがままじっとしていた。
次に下唇を包んだ。胸がじんとした。このまま時が止まってしまえばいいと思った・・・生まれて初めての感覚・・・
ユリさんがゆっくりと離れた。
「あ・・・」私は名残惜しくて、つい声が出た。
ユリさんがまた、ゆっくりと抱きしめてくれた・・・涙がまた、頬を伝っていった・・・
「ユリさん・・・好きです・・・」
私はわけもわからず、思わず言った。
ああ、私、ユリさんのこと、好きなんだ。
言ってみて気がついた。こんなセリフがしっくりと心に収まるなんて。
「ありがとう・・・私もよ、沙耶ちゃん・・・」
どれだけの時間、そうしていただろう?
私は自分が女性を好きになるなんて、思ってもみなかった。
それより、恋愛なんてまだまだ先のことだと思っていた。
こんなに突然身近なものになるなんて・・・
あたたかくて柔らかいユリさんの胸が私に押し当てられている。
それだけでもう、心臓が張り裂けそうだった。
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