◆ヘアサロンとイタリアンレストラン

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スーパーモデル(というと言いすぎかな?)と二人きりの部屋でいるのは、なんだかちょっとこそばゆい気がした。ユリさんはお構いなしに化粧道具の中からベースファンデーションを取りながら私に向かって言った。 「じゃあ、今からモデル顔の作り方、実践編を教えてあげるね?多分カリキュラムにはあったと思うけど、私が教えるのは実践編。つまり、人と差をつけるワンランク上の個性の出し方ってところかな」 「はい。なんだか、こんなにしていただいて、なんとお礼を言っていいか・・・」 「そんなに固く考えなくていいの。私が好きでやってるんだから」 「はい。ありがとうございます」 「じゃあ、やろうか」 そう言ってから、レッスンで教わった基本をしゃべりながら、そこにアレンジを加えるコツを言い、その通りにやって見せてくれた。私はそれらの一つ一つを覚えなければ、と必死になって、自分の顔の感覚と、説明をつなげて記憶していった。 「こんなんでどうかな?」 鏡を見ると、確かにレッスンで教わった派手目のメイクより、いい意味で目立つ顔になった。ルージュのグラデーション、チークのポイントハイライト、ノーズの影なんかは、一歩間違えると劇団四季になる勢いだった。それでも、確実にレッスンメイクより映えると思った。 「あの、ありがとうございます。本当に勉強になりました」 深々とお辞儀をして、感謝を伝えたかった。 「いいのよ。これをもとに、自分なりのアレンジを見つけてみてね」 「あ、はい。がんばります・・・」 「やっぱり見込んだだけのことはあるわ。あなた、顔が派手るのよね。・・・綺麗だわ・・・」 そう言って耳元に手をあてられたと思った矢先、ユリさんの顔が近づいてきた。唇に何かふわっと暖かいものが触れた。 「!」 「ふふっ。あんまりにもきれいだから・・・」 私は何が起きたのか、すぐには理解できず、茫然としていた。 あれ、今のって・・・あ・・・き・・・キス・・・? ユリさんはちゃっちゃと化粧道具を片付け、まわりの椅子をもとあったところに片付け始めた。 と、私の顔を見るなり、表情が変わった。 「あれ?沙耶ちゃん、泣いてるの?」 「え?」 ふと頬に手をやると、指先が濡れた。 「え、え、ごめん、ごめんね・・・あ、もしかして初めてだったとか?あ、うん、あのね、そんなんじゃなくてね・・・あーもう、どうしよう、ごめんねー・・・」 ユリさん、あわててる・・・私、泣いてる?なんでだろぅ・・・なんだか胸がいっぱいになっちゃって、私にもわからない・・・ ユリさんがまだぼぉっとしている私を抱きしめて来た。あたたかい・・・やわらかい・・・あこがれのひと・・・ウレシイ・・・ あ、また涙が出て来た・・・わたし・・・うれしいんだ・・・感動してるんだ・・・ 「沙耶ちゃん、ごめんね、ごめん・・・」しきりに謝って、背中や頭をさすってくるユリさんにつぶやくように私は言った 「あ・・・あの、そうじゃないです。多分、か、感動して・・・その・・・」 「え?」 ユリさんの動きが止まった。 ゆっくり体を離して、私の顔を見つめて来た。 目の前に憧れの人の顔が・・・しかも間近に・・・さっきキスしてくれた・・・ 私はまた、胸の高鳴りとさっきの余韻がまざった、不思議な感覚を思い出し、ふと口をついてこんな言葉を言ってしまった 「も、もう一度、してもらえませんか?」 今度はユリさんがびっくりして止まった。 「え?い、いいの?」 ゆっくりうなずいた。 憧れのユリさん。 私に、お化粧をしてくれた。綺麗と言ってくれた。 キスしてくれた。 私は、ゆっくり近づいてくる憧れの人の唇から目が離せなくて、目で追った。と、触れたと同時に目を閉じた。 全部の神経が唇に集まったみたいだった。頭がしびれた・・・柔らかかった・・・そして、いい香りがした。 ユリさんの暖かくて、柔らかい唇が、かすかに動いて、私の上唇をそっと包んだ。私はただ、されるがままじっとしていた。 次に下唇を包んだ。胸がじんとした。このまま時が止まってしまえばいいと思った・・・生まれて初めての感覚・・・ ユリさんがゆっくりと離れた。 「あ・・・」私は名残惜しくて、つい声が出た。 ユリさんがまた、ゆっくりと抱きしめてくれた・・・涙がまた、頬を伝っていった・・・ 「ユリさん・・・好きです・・・」 私はわけもわからず、思わず言った。 ああ、私、ユリさんのこと、好きなんだ。 言ってみて気がついた。こんなセリフがしっくりと心に収まるなんて。 「ありがとう・・・私もよ、沙耶ちゃん・・・」 どれだけの時間、そうしていただろう? 私は自分が女性を好きになるなんて、思ってもみなかった。 それより、恋愛なんてまだまだ先のことだと思っていた。 こんなに突然身近なものになるなんて・・・ あたたかくて柔らかいユリさんの胸が私に押し当てられている。 それだけでもう、心臓が張り裂けそうだった。
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