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電車が過ぎ去った踏切には、元の静けさが戻ってきた。孤独と虚しさに襲われ、涙が溢れ出す。
足元に涙が落ちるのを見た瞬間だった。背後から包み込まれるような衝撃。
「ごめんな……」
蒼汰の声。いつもすぐ近くにあった声。
「ひとりぼっちにさせて、ごめん」
根雪を溶かすような温かいその声で、あかりの心は一気に熱を帯びた。
「電車が通り過ぎるの待ってる間に、100秒が終わっちゃうかと思った……」
「相手の身体に触れてから100秒間、二人きりでいられる魔法なんだろ」
「えっ?」
そう言えば別れ際に、老婆から聞かされていたのかもしれない。蒼汰に会える期待に胸が膨らみ過ぎて、細かい説明を聞き逃していたのだろう。
「そんなの、冷静に覚えてるわけないじゃない。だって、蒼汰に会えることが──」
言いかけたあかりを制するように、蒼汰の腕があかりの身体を振り向かせた。
「よう!」
そこにはいつもどおりの蒼汰の笑顔。あかりが何よりも安心する愛おしい表情。触れられる距離にそれがある。
「100秒間。どうやって過ごそうか」
「ずっと抱きしめていて欲しい──」
「了解」
そう言うと、蒼汰はあかりを抱き寄せ、包み込んだ。あかりはその胸に顔を埋め、運命にすがるように泣いた。
──このまま、時間、止まって!
蒼汰との楽しかった思い出が、まぶたの裏に蘇る。
はじめてのデートは遊園地。お気に入りの水族館には何度も行った。二人のデートは雨の日が多かった気がする。手をつなぎ、ただしゃべりながら近所を散歩することも多かった。星空を見上げる横顔。車を運転する横顔。将来を熱く語る横顔。それを隣で眺めていられるのが嬉しかった。
蒼汰の匂いと体温を確かめながら、二度と戻らない日々を回想した。
「そろそろ行かなきゃ──」
踏切の警報音が鳴り、蒼汰の腕から力が抜ける。
「いやっ!」
あかりは叫びながら蒼汰の袖を強く引っ張った。服がちぎれそうなほど強く。それを振り払いながら、「仕方ないんだ……」と、蒼汰は苦笑いする。
降りはじめた遮断機。運命に従うように蒼汰が走り出す。その背中は振り返らない。涙で彼の背中が見えなくなる。
完全に遮断機が降りた。轟音が迫る。まるで二人を引き剥がすように電車が通過し、蒼汰の姿を飲み込んだ。
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