チンピラの金

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チンピラの金

 漂流民のようにぼろぼろで薄汚い服を着て、髪の毛と髭を伸び放題にしているジジイがいる。そのジジイはこの辺りでは有名だ。普段は橋の下の、草が生い茂った、野生動物の住処のようなところに引き籠っているらしい。だからその姿を見たものはほとんどいない。そんな習性から、このジジイには橋の一匹狼という、響きは良いが不名誉な二つ名が付いている。  そんな一匹狼も、ごく稀に外に出掛ける時がある。金が入った時である。そして、そんな時ジジイが真っ先に向かう場所は一つである。  馬券売り場に向かうジジイに、俺はごく自然に背後から肩をぶつけた。ジジイはそれを無視して歩き続ける。顔を見ると、目は血走り、口角は不自然に上がっている。その表情から笑っているのだと分かるのは、比較的対面する頻度が高い俺だけだろう。  俺はさっとジジイの前に立ちふさがると、黙って手を差し出した。ジジイの後ろには更に二人、Tシャツを着たひょろりとした若い男と、だらんとしたイヤホンを片耳につけた金髪の男が立っている。  ジジイは上目遣いにこちらを睨みつけると、いつも通り金を差し出した。一万円札が一枚だ。俺は少し意外な思いがした。これまでの最高金額だったからだ。  俺はそれを受け取ると、仲間の二人に目配せした。二人が道を開けると、ジジイは回れ右をして、人混みに消えていった。  周りの人間が軽蔑の視線を浴びせてくるが、そんなものは関係ない。久しぶりにジジイに会え、しかも一万円の収穫があったことの喜びのほうが大きい。金髪の方が小狡い笑みを浮かべている。俺は笑い返すと、一万円札を財布に入れ、代わりに二人に千円ずつ手渡した。  二人は逃げるようにどこかへ行ってしまった。仲間とはいえ、所詮彼らも金に群がっているだけなのだろう。  俺は再びポケットに手を入れると、スマートフォンを取り出した。メールアプリを開くと、上から二番目の連絡先『♡kana♡』に、今日は会えないという旨のメッセージを送信した。  そして一番上の連絡先『エリカ(≧▽≦)』との会話履歴を見た。ハートと絵文字が入り混じった、熱烈な愛のメッセージが送られてきていた。  自然と自分の頬が緩んでいくのを感じる。俺はそれに愛の言葉で返すと、今夜ここに行こうと言うメッセージと、レストラン名を送信した。そこは、普段ならまず行かないであろうフランス料理の店だった。一番安いコースなら一万円で十分足りるはずだ。  俺は競馬場の外に出て、ベンチに座った。そしてアプリを閉じると、急いで検索エンジンで「フランス料理 カッコいいマナー」と検索した。 
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