その教授はよく喫茶店に誘った

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 初夏の水曜日の午後3時……  東京・江東区にある帝都大学のミステリー研究会で、ヒロシたち3人がたむろしていると、経済学部の田岡教授が入ってきて、 「例の喫茶店へ行く。お前ら、付き合え」 「またですか……」  マサヤは言った。 「はいはい……」  ヒロシは言った。 「いいですけど……」  サトシは言った。  3人は、グスグズと椅子から腰を上げた。  田岡教授は、45歳で独身で、ワンルームマンションに住んでいた。  例の喫茶店とは、大学から1分ほどのところにある『ソワーレ』で、テーブル席ばかり十数ヶ所ある、けっこう広い店だった。  壁には色々な複製画が飾ってある、なかなか感じが良かった。  3時という時間帯は、オヤツ・タイムでもあり、空席は二ヶ所ほどだった。  しかしヒロシたちにとっては、それほど嬉しい一時(ひととき)ではなかった。  毎週といっていいほど水曜日の午後3時は、この田岡教授に、この喫茶店に誘われる。  好きな物をオゴリで飲めるから、お得かも知れないが、その代わり教授のタワ事に付き合わなければならない。  話題は実に乏しく、いつも学部長の愚痴(ぐち)や大学自体への文句など、ヒロシたちに言っても仕方がない事ばかりなのだ。  それらを適当に言い終えると、次はヒロシたち生徒への不満をぶちまける。  やれ成績が悪いのはバイトばかりしているからだとか、教授にたいする尊敬の気持ちが態度に表れていないとか、もっと向上心を持って学生生活を送れないヤツは、大した人物にはなれない……等々。  こんな事をほぼ毎週、聞かされては、たまったものではないのだった。  オマケにこの教授は、やたらと声がでかく、周りの客にまで愚痴が筒抜けなので、こちらをチラチラ見たり、露骨(ろこつ)にイヤな顔をする客や店員がいるといった状況だった。  そんな時、1人のウェイトレスが田岡教授に近付き、 「お客様、よろしければ、喫煙席にご案内いたしますが」  田岡はタバコなど吸ってないので、少し迷惑そうに、 「何を言ってるんだ。私はタバコなど吸ってないだろう」  すると、そのウェイトレスは、田岡の耳に近付いて、 「周りの方々が、かなり(けむ)たがっておられるご様子でしたので、ご案内させていただきました」  田岡は、周りをキョロキョロ見てから、 「いや、それには及ばない。もう出るからね。看護師さん」 「いえ、私は看護師では……」  まるで看護師が言いそうな注意をされたので、皮肉で言ったのだろう。  田岡はレシートを持つと、 「さー、大学に戻るぞ」  レジに向かった。  ヒロシたちは、そのウェイトレスに笑顔で会釈すると、教授を追うように急いだ。  それから数日後、田岡教授がマンションの前で、何者かにナイフで刺されて亡くなったという情報が流れた。  その日の午後3時、喫茶『ソワーレ』に、ヒロシたち3人はいた。  例のウェイトレスがやってきて、水を置くと、 「ご注文は、いつものですか?」  ヒロシは元気に、 「はい」  ウェイトレスはテーブルを拭きながら、 「話しがタバコのような教授、居なくなって良かったですね」  ヒロシたちは、えっ? という顔で、戻って行くウェイトレスを見詰めた。  ――終――
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