ワンコイン・ラヴ

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ワンコイン・ラヴ

 チャリンッ。  小気味いい金属音が響いた。放課後の教室に一人残って清掃をしていた時のことだ。私は、その音で顔をあげる。音のした方を見れば、リノリウムの上で光輝を放つ一つの硬貨。そして、その持ち主であろう男子生徒がそれに気が付かずに歩き去ったところだった。 「あ、あの!お金落としましたよ……!」  手に持っていた箒を放って、廊下に飛び出した。慌てて硬貨を拾い、男子生徒の許へ走る。滅多に出さない大声をあげて、私は男子生徒を呼び止めた。 「ん?おぉ、俺が落としたやつだな!すまない、助かったよ!」  快活そうな笑顔で振り返った彼は、頭をがしがしと掻きながらそう言うと、私が拾った『百円玉』を受け取った。 「いやはや、まさか拾って頂けるとは思わなかった」  彼は苦笑しながら、そのままその硬貨を廊下に設置されている自販機に入れた。迷わず彼が選んだのは、最近クラスの女子の中で流行りの激甘ココアだった。 「はい、これ。拾ってくれたお礼だ」  彼は激甘ココアの缶を差し出してきた。思ってもみなかった行動に、私は目を丸くする。 「え、そ、そんな、百円を拾ったくらいで……」 「いや、十分お礼に値する行為だった。俺が礼をしないと気が済まないのでな……それじゃ!」  半ば強引に私に缶を押し付けると、彼は颯爽と廊下を走り抜けていった。呼び止める暇もなく、私は缶を握ったまましばらく呆然と立ち尽くしていた。 「……これ、飲みたかったんだよね」  教室清掃をしていた私への百円分のご褒美だと自分に言い聞かせ、私は放った箒を片付けに教室へと戻った。  後に飲んだ激甘ココアは、私には甘すぎるくらい濃厚だったけれど、ささやかな幸福感が心を満たした。
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