ワンコイン・ラヴ

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結花(ゆか)、今日も掃除任されてんの?」 「うん、日直の子がまた帰っちゃったみたいで……」  次の日の放課後、親友の真奈(まな)が呆れたように言った。昨日に引き続き、私は担任から教室清掃を頼まれてしまったのである。断ればいいものの、私は生憎頼み事を断れない性分だ。だから、こうして何度も担任にこき使われるのだろう。 「今度担任と日直の野郎にキツく言っといてやろうか?」 「ううん、大丈夫。今日も一緒に帰れなくてごめんね……」 「気にすんなって!それじゃ、また明日な。あんま遅くならないように気を付けなよ」 「ありがと。真奈も塾頑張ってね」  笑顔で見送れば、真奈は白い歯を見せてニカリと笑った。  真奈が居なくなると、教室には静寂の波が押し寄せた。誰も居ない教室が、途端に広く感じる。重い溜息を一つ吐き、昨日と同じ箒を手にした。  ――チャリンッ。  その時、またあの音がした。静かな教室にそれは波紋のように反響し、私に昨日の記憶を想起させた。 「あ……っ!」  廊下に光る銀色の硬貨。そして、またも気が付かずに歩き去る昨日の彼。デジャヴだ、と思いながら私は箒を床に置き、百円玉を拾った。 「すみません、落としましたよ」  落ち着いて声をかければ、彼はゆっくりと振り返る。茜色を受けて光る茶色の瞳が、私を捉えた瞬間に宝石のような煌めきを放ったような気がした。 「おぉ!昨日の!」 「ど、どうも……。また百円落としたんですね」 「すまない!拾ってくれたことに感謝する」  彼はお礼を言うと、直角に頭を下げた。なんとなくこの光景が恥ずかしくて、誰かに見られていないかと私は思わずキョロキョロしてしまった。 「二度も拾ってもらうなんて、本当にありがたい。その……」と彼は口籠りながら目を泳がせた。  ……そういえば、まだ自己紹介をしていなかった。
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