赤くて、茶色くて、黒い。

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 蒼ちゃんは、脚本家としては有名だったが、岳海蒼丸の舞台以外は表に出る事はなく、世間一般的には拓海の方が名前が通っていた。  でも、拓海が所属するグループのメンバーという事で、蒼ちゃんの死は大きくニュースに取り上げられたが、蒼ちゃんの家族の希望で、蒼ちゃんの葬儀は報道陣完全シャットアウトの非公開で執り行われる事になった。  蒼ちゃんの死を実感する事のないまま着々と葬儀の日取りが決まり、久しぶりに実家に帰ると、葬式に出たことのない俺の為に母が礼服を用意してくれていた。  礼服に袖を通しても、これから行く場所が蒼ちゃんのお通夜であるという実感が全く湧かない。  涙を拭う為にと母が多めにハンカチを持たせてくれたが、俺はあの日から一滴も涙を流していない。  蒼ちゃんの死が、信じられないとか、信じたくないというよりは、ずっと悪い夢を見ているだけの様な気がして、しっかり起きている自覚はあるのに、ちゃんと生活出来ていない感覚で、何もかもが覚束ない。
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