1人が本棚に入れています
本棚に追加
「この本はね、魔法の本よ。」
その時___その時、私はまだ小さかった。
もし大きくなっていたら、
「何言ってるの、お母さん。魔法なんて存在するわけないじゃない!」
って笑って本を突き返したと思う。
そうなったら、この本が魔法の本であることが分からず、魔法は存在するんだと認識することもなかったし、旅をするきっかけもなくこの先のさまざまな出会いも全部なくなっていただろう。
だから、私は今思う。
魔法を信じているうちにこの本を受け取れてよかった、と。
とにかく、小さくて魔法を心の底から信じていた私は、
「魔法の本!?ほんとに?わあー、すっごい!」
と叫んで、その本を受け取っていた。
青い革表紙に金色のインクでよく分からない外国語がつづられた本。
外国語ってことはわかるけど、何語かまではわかんない。
厚さは、結構分厚い。
そして、厚いだけに重い。
「うっ、重い!?なにこれ?」
「だから、それが魔法の本なのよ。」
「でも、なんにも起こらないよ。お母さん、別の本と間違えちゃったんじゃないの?」
「そんなことないわ。その時が来たら、ちゃんと魔法が起きるわよ。」
「本当だよね?絶対に起こるよね?」
「ええ。今のうちに、渡しておきたかったの。その本はずうっと私が持っていて、あとから誰かが本を見つけてもどうしたらいいか分からないのよ。だから、私が直接桜楽に渡そうと思って。」
その時の私には、「いまのうち」が「生きているうち」だということが分からなかった。
自分が死んだら、遺品であるこの本はほかの誰かの手に渡るかもしれない、自分が話せるうちに渡しておこう____。
そのお母さんの気持ちが理解できるほど、その時、まだ私は大きくなかった。
でも、この本は私の物なんだっていうことは分かった。
「じゃあ、私がこの本もらうね。」
「ええ、そうして。いつかこの本は、きっとあなたを守ってくれるわ。」
静かな声でそう断言して、お母さんは目を閉じた。
「あ、お母さん、眠い?じゃあ私は、もう帰るね。ゆっくりお休みなさーい。」
「あ、ちょっと待って……。」
お母さんが私を呼び止める。
「一つ言い忘れてたけど、その本のことは、誰にも言っちゃダメよ。叔母さんにもお友達にも言わないこと。分かった?」
「うん、わかった。安心してよく寝てね。」
かすかにその言葉にうなずくと、お母さんはもう寝息を立てていた。
私はそっとドアを閉め、病室を出る……。
最初のコメントを投稿しよう!