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「ただいま、桜楽ちゃん。」
「あ、叔母さん!お帰りなさーい。」
机に向かって、一生懸命画用紙に、ライオンとウサギの絵をクレヨンで書いていた私は、立ち上がって玄関まで叔母さんを迎えに行った。
「あのねあのね、叔母さん聞いて。今日、お母さんが魔法の本をくれたんだよ!」
うっかりそう言いそうになったのを、あわてて抑える。
いけない、お母さんに誰にも言わないって約束したんだった。
変わりに、別のことを聞く。
「お母さんの診断聞きに言ってたんでしょ。どうだったの?」
私がお見舞いから帰ってきたのといれちがいに、叔母さんは病院に出かけていたのだ。
なんでも、今日の診察の結果を聞きに行っていたのだそうだ。
「ああ、それはね……。」
言いかけて叔母さんは急に口を閉ざすと私に聞いた。
「そういえば診断の事を言う前に聞いておきたいんだけど、入学式まであと何日だっけ?」
「え?何で?」
「うーん……急に知りたくなっちゃって。」
「卒園式は三月の終わりくらい。入学式は、四月のいちにちだよ。」
「いちにちじゃなくってついたちっていうのよ、桜楽ちゃん。」
叔母さんは私の間違いを訂正した後、私に報告してくれた。
「もうすぐ治りそうだって言ってたわ。」
「本当に!?」
「ええ、よかったわね。」
「うんっ、よかった!」
その時もし私が成長していて、叔母さんの貼りついた笑顔の裏に、叔母さんの瞳の奥に悲しさを見つけることができていたら、すぐにそれが嘘だとみやぶっただろう。
でもその時の私は純粋というか、あまりに正直すぎた。
お母さんがもう少しで治りそうだという夢みたいな話を、そっくりそのまま信じてしまった……。
さらに言うなら、もし私が名探偵だったとしたらお母さんの命が残り短いこともわかっただろう。
そして私の悲しむ顔を見たくないばかりに少しでも希望を与えようと嘘をついて、後になってからぬか喜びをさせることになってしまったと後悔し思い悩む叔母さんの心の内も、きっとすぐに見抜いたに違いない。
叔母さんが聞いてきた診断は正しかった。
卒園式も終わり春休みも過ぎて、私が入学式をしている真っ最中に、お母さんの容体は急変した。
医師たちが必死の手当てに当たったものの、私が家に帰ってきたとき、お母さんは三途の川を渡り終えていてしまっていた……。
買ったばかりのランドセルを背負い、
「どう、一年生に見える?」
と病室に行ってお母さんの前でくるっと回って見せたときが、生きているお母さんと話して、姿を見た最後の瞬間だった。
その時から二週間とたたない内の、悲しい事件だった。
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