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「あ、この本!」
私はボトリと落ちた表紙の青い本を見てつぶやいた。
拾い上げてみる。
ずいぶん長いこと置きっぱなしだったはずなのに、埃一つついていない。
それどころか新品同様ピカピカで、初めて見たときとほとんど変わっていなかった。
「懐かしいけど……。」
形見という言葉をまだ知らなかった私は、この本についてうまく表現できず、とりあえず
「お母さんの、思い出なんだよね、これ……。最後にもらったプレゼント。」
と言った。
別に誰かが聞いているわけじゃないので、独り言を続ける。
「やっぱり辛いから、この本も捨てたほうがいいかな……。でもやっぱり、この本だけはあんまり捨てたくないな……。」
その時だ。
「そうだよ、俺は捨てられるなんて御免だね。」
ふいに、どこからともなく不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「えっ、えっ、何何?誰??」
泥棒かと思った私は、怖くなってギュッと本を抱きしめる。
すると、またも声がした。
「おいおい、苦しいって!俺だよ、俺!」
次の瞬間、本はするりと私の腕を抜け出してふわふわと空中に浮かんでいた。
「わ!?」
「驚いただろ?しゃべる本なんて見たことないだろうしな。」
声が、不機嫌そうな感じから悪戯が成功したやんちゃな男の子のような得意げで幼さを含んだ調子に変わった。
「び、びっくりしたあ……。」
口をポカーンと開けて浮かぶ本を見た私は、ボソリとつぶやいた。
「あはは、そうだろ?まさかこんなに驚かれるなんて、俺も思わなかったけどな。」
「すごいよ!本ってみ~んな話したり、浮かんだりするの?」
「そんなわけあるかあ!」
本のくだらないツッコみ。
ウケを狙ったんだろうが、可哀そうなことに、当然私は笑わない。
笑ってあげたいけど、そんなことになったら絶対愛想笑いになって、ますます本がみじめになってしまう。
「俺だけだよ、お・れ・だ・け!俺は特別な、魔法の本だからな。魔法で浮いたり、言葉を話したりできるんだよ。」
本は少しがっかりした口調になりながらも、気にしてないよって感じで言った。
ますます可哀そうだ。
でも……。
「あなただけ喋ったり、浮いたりできるの!?すっごーい!ますますすごーい!!」
お世辞ではなく本心を言う。
「へへへっ、だろぉ?」
本はめちゃくちゃ嬉しそうだ。
なんか可愛い。
「おーっと、本と話すなんて変な気分か。ちょっと見てろよ。」
本は空中でクルッと回転する。
次の瞬間、私の目の前には一人の男の人が立っていた。
白いブラウスの上からベストを着て、革製のベルトを締めている。
下は深い黒の長ズボン。
折り返した襟元にはネクタイがついていて、袖はふくらんだ七分丈。
「白髪」と書いて「しらが」というより「はくはつ」と言ったほうがしっくりくる髪を肩までのばしている。
髪が長いけど女の子に見えないのは、鋭いつり目と男性らしくととのった顔のせいだ。
背はスラッと高く、服装からして執事のようだ。
「どうですか?これなら驚かないと思いますが。」
男の人が口を開く。
「…………えーーーーーー!!!」
さっきまでのぶっきらぼうでやんちゃな雰囲気とは打って変わった丁寧な口調に、私は叫び声をあげていた。
驚かないどころか、びっくりして心臓が止まりそうだ。
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