不器用なありがとう

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不器用なありがとう

「遅くなっちゃった。間に合うかな…」 ちらっと腕時計を確認しながら私は暗い道を必死に走った。学校近くのショッピングモールに駆け込み、中に入った花屋を目指す。 「あ、の!まだ大丈夫ですか?」 息を切らしながら片付け途中の店員さんに声をかける。 「カーネーション欲しくて…」 「こちらで大丈夫ですか?」 片付けの手を止め、差し出してくれたのは赤いカーネーションの鉢植え。残っていたものとは思えないほど綺麗に咲いていた。 「2000円になります」 リュックから財布を取り出しお金を払う。 「ああ…よかった…」 私が安心してつい声を上げると店員さんは柔らかく笑って、丁寧に包装してくれる。 「本当にありがとうございます」 私は頭を下げて、あまり袋を振り回さないように注意を払いながら駅まで再び走り出した。 本当はカーネーションなんて買うつもりは無かった。だからいつも通り部活に行って、帰り道に塾に寄って勉強していつも通りに帰るつもりだった。だけど、部活中に友だちが母の日の話をしているのを聞いて不意に母の笑顔が浮かんでしまった。 その後からなんとなく何もかもが手につかなくなってソワソワして、結局勉強も早く切り上げて帰ってきてしまった。 私は母が嫌いだ。いや本当は好きなのかもしれない。今年、受験生なせいで母と喧嘩してばかりで、そのせいできっと嫌いになってるだけ。 冷静になれば全て自分が悪いのに…。 「ただ!いま!」 「おかえり」 リビングに入ると母が優しく迎えてくれる。それだけで嬉しくなった。いつものことなのに今日だけは煩わしく無かった。私は急に恥ずかしくなってカーネーションが入った袋を後ろ手に隠す。 「ご飯は?」 「食べる」 答えてから荷物を置きに自分の部屋に行く。白い袋から透ける赤色をぼんやりと見つめてどうしようかと考え込んでしまう。このまま自分の部屋に飾ってしまえばきっと何事もなく終わる。 自分が不器用なのは知ってる。 気持ちを言葉にするのが下手くそなのも知ってる。 だけどやっぱりここで諦めるのは違う気がして私は袋を手に取ってリビングへ戻った。 大丈夫、下手くそでいいから。 私なりの言葉でいいから。 胸の中で自分を勇気づけるようにそう呟いて、私は扉にかけた手に力を込めた。 「お母さん!」 心臓がうるさいぐらいに暴れてる。 「これ…」 私は袋を差し出す。母は驚いたような、それでいて嬉しそうな不思議な色を浮かべている。 花だけじゃ足りない。 私の私自身の言葉を贈るんだ。 大丈夫、足りない言葉は手紙が補ってくれる。 「その…いつもありがとう。進路のこととか、成績のこととか、いろんなことで心配かけてごめんなさい。喧嘩ばっかで、でも優しくて、お弁当も作ってくれて…」 言葉にしながらじんわりと視界がぼやけるのを感じる。 改めて思い返してみれば母はこんなにも愛情を注いでくれていた。喧嘩ばかりして、きっと私より弟や妹の方が好きなんだと思ってた。 だけどそんなことない。 ちゃんと愛されてた。 「朝もちゃんと起こしてくれて…おはようも、行ってらっしゃいも、言ってくれて、ほんとにありがとう…返さなくて、迷惑かけて、ごめんなさい」 直接伝えたい想いが溢れて、何度も同じことを繰り返した気がする。だけど母は泣きだして言葉を紡げなくなった私を、優しく抱きしめて落ち着くまでずっと頭を撫でてくれた。
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