新宮美音の告白戦争99+1

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新宮美音の告白戦争99+1

 女の価値は――――。 「新宮美音さん、僕と……」  女の価値は、――で決まる。 「僕と、付き合ってください!」  女の価値は、――男の数で決まる。 「ごめんなさい、お友達でいましょう」  女の価値は、振った男の数で決まる。  新宮(しんぐう)美音(みおん)黒須(くろす)高校二年生。  濃紺のブレザーは形を崩さず、スカートのプリーツも折れている場所などない。  対照的にふわりとした三つ編みや淡い桜色のカーディガンは甘く、くりっとした目元は親しみやすさがある。それでいて成績優秀であり固い雰囲気を失わない。  彼女について、友人は語る。  級友1の発言 「新宮さんって優しいの。勉強教えてくれたり、準備手伝ってくれたり」  級友2の発言 「かわいいよね~。ちょっと抜けてたりして、それを恥ずかしがる所とかも」  級友3の発言 「難攻不落、人呼んで現代の二〇三高地。鉄血山を覆うて山形改まらず」  優しくて、賢くて、可愛い。  新宮美音について尋ねれば、誰もがそう言い、周りは頷く。 「新宮さん、また告白されたの?」  男子からの人気も高く、入学以来手紙を受け取ったり直接声をかけられたりと呼び出されることも度々。春うららかな四月のこの日もそうであった。 「あ、うん。なんだか、こう多いとからかわれてるんじゃないかって」 「そんなことないよ。男子はみんな本気で狙ってるから」 「ふふ、私なんて、そんな良いところないのに」 「謙遜しすぎ! だって新宮さん可愛いし、頭良いし、スポーツもできるし」  新宮美音は、照れたように顔を伏せる。 「優しいからよく手伝ったりするじゃん、それが男子を勘違いさせるんだよ」  そして、見えないところで口の端を持ち上げる。 「男ってバカだよね~、ちょっと優しくされると、ころっといっちゃって」 「でも、好意を持ってもらえるのは、素直にうれしい」 「そういうとこ、そういうとこ。気のないのに気のある風なのが危ない」 「あ、そう? そっか、ありがとう気を付けるね」  にこやかに会話し、手を振って席へ戻る。  新宮美音は鞄から手帳を取り出す。36ページ目、縦にずらりと文字列が並んでいる。左端には数字があり、98までが既に横線をつけられている。  美音は慣れた手つきで99の行に横線を引いた。 「……ふ……」  次の行に書き入れるのは、100の数字。 「ふふ……」  新宮美音、優しくて賢くて可愛い人気者。  その評価は計算の内である。  天然の要素など一つもない、すべて狙い通りの評価である。   「ふふふふふふ、ははは!」 「みぃ、うるさい!」  新宮家、築十二年、二階建ての4DK。  美音の自室。参考書、雑誌、美容機器が散乱し、制服と姿見周辺だけが片付けられている。姉の紫音(しおん)が怒鳴り込むと、美音は怪しげな笑みのまま振り向いた。 「うふふふふ、見てよお姉、この九十九という数字を」 「……うわあ」 「やっぱ女の価値って告白された数で決まるよね。それだけ異性にとって特別な存在ってことだし、あ、女の子からの告白も一応カウントしてるんだけどね」 「あ、はい」 「九十九人ともなるとさぁ、私って特別なんだな、愛されてるなって思うわけ。そしたら笑いが出ちゃうんだよね。レゾンデートルが証明された感覚っていうか」 「いつもの病気か……」  ため息を一つ。紫音はあたりを見回す。 「あんたさ、そういう外面をよくする前にこの足の踏み場もない部屋を……」 「はぁ、外面が最優先に決まってるじゃない。それにこの部屋は全てが定位置にある今が絶好のポジションなの! お母さんと同じこと言わないでよ、親子か!」 「あんたもね」  ジャージ姿で頬を膨らませる新宮美音。  学校では容姿端麗、成績優秀の男女問わず人気の優等生と、ジャージ姿で部屋を散らかし放題にし、手帳を見て笑うこの怪しい少女は同一人物である。  その二面性はいかにして形成されたのか。 「みぃさあ、いい加減疲れない? あたしはモテるためだけに勉強して運動して美容にも気を使ってるあんたが正直怖いよ。や、まじに。かなり引いてる」  新宮美音は予習復習に余念がない。  朝夕にランニングをかかさない。  薄いメイクや髪のセットに一時間以上かけている。  毎日、かかさずに。 「お姉、バラはどうして美しいかわかる? そのように生まれついたからよ。バラがタンポポにならないように、私はこのようにしか生きられないの」 「破綻している……」 「理論が?」 「あんたの性格が。ったく、昔はもっと……」 「もっと?」 「や、小学校のころからそんなだったわ、あんた」  美音の覚えている限り、物心ついたころにはこんな性格であった。  そこに疑問はない。褒められることは嬉しいし、告白をされると気持ちが良い。  中学に上がってから告白された回数を手帳に書き留めるようになった。それは単に記憶しきれないからであったが、数字を見るたび当時の喜びが思い出された。  自分はそういう人間なのだ、と美音は理解している。 「――お」  百人目を目前にした初夏、正門前の花壇ではシャクヤクの蕾が膨らんでいた。もう夏に近い気温の中、風だけが少し冷たさを感じさせる放課後。美音が靴を履き替えようとしていたとき、見慣れない制服が玄関に入ってきた。 (イケメンだ)  背が高く、目鼻立ちがしっかりしている。髪は短くしているが、造形がよいのでなおさらはっきりと顔の良さが伝わる。近づくのは気が引けるタイプの顔である。  下駄箱のあたりまで来ると、少し困ったように辺りを見回す。 「どうか、しましたか?」  新宮美音、優等生の仮面を被り十余年。  少し下から自然に上目遣いになるように声をかけ、相手が気づくや人好きのする笑みを浮かべ一歩近づく。パーソナルスペース手前で言葉を続ける。 「あ、困ってるみたいだったので。お手伝いしましょうか」  ちょっと照れたように苦笑して見せ、相手の反応を待つ。  ちなみに手は胸の前。地味にカーディガンが萌え袖なのもポイントである。  完璧だ、と美音は頭の中で思う。 (怖い怖いといわれた中学の学年主任も落とした必殺の間合いと表情は三国一。イタリアもドイツも目じゃないと友人からの評も受けておりますが、いかが)  三国志と三国同盟を一緒にしつつ勝ちを確信している美音に、 「ああ……職員室って、どこかわからなくて」 「それなら、階段をあがって右手側に進んだところですよ」 「ありがとう」  男子は平然と受け答えをしてさっさと階段をあがっていく。  美音は笑みを浮かべたまま手を振る。  見えなくなる。 (照れろよ! いや照れなくても、もっとこう、ええ……)  これだからイケメンは嫌だ。女の子慣れしている男ほどつまらない生き物はいない。侵略的外来種に指定されて家以外移動が制限されればいいのに。  美音にとって、自分に告白しない人間は論外である。 (ま、いっか。二度と会わないでしょ。来年の今月今夜の月も涙で曇るまい)  そう思って、この憎きイケメンを忘れることにした。 「転入生の、枚田(ひらた)篤之(あつゆき)です」  そのイケメンがクラスに入ってきたとき、美音は嫌な予感がした。  新宮美音にとって、他人とは自分に憧れる存在である。その人数は多ければ多いほどいい。ただ、これはゼロサムゲームであり他人が注目される間は自分が注目されない。だからこそ勉強も運動も努力してきて、告白の機会も増えていた。  級友1の発言 「枚田くん優しい。前の学校が勉強進んでるみたいで、教えてもらっちゃった」  級友2の発言 「カッコイイよ。ナンパでもなくて怖そうなのに、結構女の子に気を遣うんだよ」  級友3の発言 「ブリッツクリーク。わがクラスは進行により黄色から赤色作戦へ」  由々しき事態であった。  かのイケメンはイケメンであるだけでなく、勉強ができスポーツもでき、それでいて人に教えたり助けたりするという気に食わないイケメンなのである。  一度は許した美音であったが、この侵略的行為に対して己の中の政権をいうなればチェンバレンからチャーチルに移行しいずれは空爆をと心に決めた。  既に戦端は切り開かれている。ちょうどよい、記念の数字にしてくれる。 (百人目は枚田、あんたに決めた。来月のこの月を、あんたの涙で曇らせてやる) 「みぃ、あんたいつまで勉強してんの」  中間試験が目前に迫ると、ここが勝負の分かれ目と気合を入れる。 「お姉、いまのあたしに声をかけると危ないよ。どこから出てくるか知れないから」 「なにが」 「覚えたことが。教科書と参考書の内容を空で言えるまでやるつもりだから」 「その、枚田くんに勝つためだけに? 正気?」  美音は裏返しのピースサインで応えた。 「引くわー……」 「まずは意識させることからなのよお姉。どうせろくに負けを知らないんだから、まずは鼻っ柱を折って意識させてやるの。こんなに賢い美少女がいたなんてって」 「や、まさに鼻っ柱をへし折られて意識してるのがあんたでは?」 「う、うるさい! とにかく」  とにかく、天王山。もとい中間試験。  出来は良かった。手ごたえはある。結果が発表されれば、枚田の敗戦が始まる。  そう思っていたら。 「枚田くん、すごーい!」  憎い憎いあの伍長めは、あのファシストは学年首位を取ったのである。 「あ、新宮……」  美音は二位であった。会心の出来にも関わらず負けた。声をかけようとしてきた枚田にアウトバーンの功績は認めるように美音は笑みを浮かべ、その場を去った。  次だ、次。次で仕留める。 「みぃ、あんたどこ行くの?」  早朝、ランニングシューズを履いて家を出ようとしていた。 「校内のマラソン大会があるの。うちの学校はこの時期にね」 「知ってるけど」 「やつを抜く。地中海は我らのものだ」 「あんたはどこで戦ってんのよ。さすがにマラソンは差が出るでしょ」 「ネバーギブアップ、ネバー、ネバー、ネバー!」 「いや、無理だって」  結果として、やはり無理であった。 女子が先に出たので抜かれはしなかったが、最終タイムで後塵を拝した。 「あ、新宮……」  声をかけようとした枚田に笑いかける。これから殺す相手にはできるだけ丁重にしたほうがよいという言葉を胸に秘め、その場を後にした。  続く期末考査は、中間試験の再来であった。 「お姉、勝敗は兵家の常だよね」 「あんた文民だろ」  チョコレートバーを咥えながら、美音は机の上に突っ伏す。  これまで負けることはあっても、勝てないということはなかった。一点に注力すればどんな相手でも瞬間的に追い抜けるだけの実力を備えている自信があった。  けれど、枚田篤之という男はそれでも勝てなかった。 「普通に色仕掛けすればいいじゃん、いつもみたいに」 「お姉、そういうのはね、興味のある相手がするから最大威力になるんだよ。興味ない相手がしてきてもあんまりなのよあんまり。イケメンは慣れてるしさぁ」 「でもそれしかなくない? 何やっても負けるわけだし」 「う~ん……まあ、恋の勝ちは全てに勝るっていうしね」 「聞いたことないけど」  現実として、負けたのは事実である。  この点には今後改善が必要であるが、いまは百人目を達成することが主目標。あいつを悲しみのどん底に叩き落して高笑いしてやれば成績を落とすかもしれないし。  ふむ、それはなかなかいい。ルックスでは劣っていない自信がある。 「あ、枚田くん」  休み時間、美音は枚田に声をかける。このとき声だけや肩を叩いたりするのではなく、肩を指でつんつんと軽くつつくのが萌え仕草である(雑誌情報)。 「え、なに?」 「肩、ゴミついてたよ。ごめん、それだけ」  一見あざとくもある行動。しかし日常的に美音は女子にもこういうことを行っている。そのうえではにかんだような表情を至近距離で見せボディタッチも含む。  たいていの男はこれだけで(俺に気が)と思い込むものである。 「そう。ありがとう」  礼を言って枚田は授業の準備に戻った。  それだけ。  それだけであった。 (国破れて山河在り、城春にして草木深し……)  虚しさで埋まる心を取り直し、次戦。  そもそも、一発を狙うのは素人である。さりげなく黒板を消す時に背伸びをしたり、目が合った時に微笑んで見せたり、帰る時にバイバイと言ったり。  そうしているうちに夏休みが間近であった。  特に何も起こらなかった。 (江は碧にして 鳥いよいよ白く……)  故郷はいずこ。あの負けなしの栄光ある日々はいずれにいったのか。  気分はもはやレッドクリフ。周瑜め、やるではないか。しかし孔明も大したことはない。私があやつなら、この夏休み目前の帰り道で勝負を決するというのに。 「あ、新宮」 「っ、枚田くん。いま帰り?」  げぇっ、枚田篤之。  下駄箱という帰り道への一方通行で遭遇するとは。枚田は部活動をしていたからおおむね美音が先に帰っていた。挨拶はしても帰る時間は合わなかった。 「なんか補修のやつが多いらしくて、今日休み」 「あはは、大変だね」  こいつはなぜ声をかけてきたのかと怪しみながら、美音は靴を履き替えて玄関を出る。蝉の声がする。抜けるような空のもと、生暖かい風が吹きつける。額に汗が浮かぶのを感じながら足を進める。校門を出て、一息をつく。 「じゃあ、枚田くん、また……」  にこやかに言いかけて、枚田の足が美音と同方向に向いてることに気づく。 「俺もこっちだ」  絶望にうちひしがれながら、帰り道を一緒に歩く。 「久しぶりだな、こういうの」 「え、な、なにが?」 「新宮と一緒に歩いたりするの」  おや? 「え、あれ、覚えてたから、ああいうことしてたと思ったんだけど」 「えっと……なんの話でしたっけ?」 「幼稚園だっけ、いや小学校低学年くらいまでさ、一緒だった」  枚田が彫の深い自分の顔を指さす。 「ご、ごめんなさい。覚えてない」 「そうか。勝手に舞い上がって話ふって悪かった」  おやおや? どうも話が変わってきたぞ。  これは、攻め時なのではないか。なにやらこの男、自分に懐かしさを感じているらしい。幼馴染というアドバンテージを活かせば落とせるのではないか。  人の思い出すら利用する最低の計略である。 「転勤だっけ? ずいぶんと期間をあけて戻ってきたのね」 「いや、戻ってきたのは俺だけなんだ。親は向こうにいる」 「へえ、なんだか、変わっているのね」 「ああ……新宮、俺のこと、嫌ってたんじゃないのか」  ばれてた。こやつ鋭い。 「声をかけても避けるから、俺もあまり関わらないようにしてたんだが」 「あ、ああ、テスト終わりとか? 別にそういうのじゃないから」 「そうか。よかった……そうそう」  美音の家に差し掛かったころ、枚田が言う。 「俺は新宮のこと好きだ」  そのまま、答えも待たず、けれど走りもせずに歩き去る。  ふむ。  勝った。なんかよくわからないけど、勝ちは勝ちである。 「お姉、枚田篤之くんって知ってる?」 「え、どっちの? 仇敵の?」 「違うほう知ってるの? 昔よく遊んだ子いる?」  アルバムをひっくり返すと、たしかに幼少期によく一緒に写っている男の子がいた。たしかにあの枚田の面影がある。かわいい男の子である。 「なんで幼少期のあたしは枚田にべたべたくっついてるの?」 「よく幼少期の自分を悪しざまに言えるわね」  ため息をひとつ。姉は応える。 「仲良かったじゃない。結婚するとか言ってたし。かわいらしかったよ」 「ふーん怖気が走るね。あ、ここまで?」 「や、たしか、なんかもう一枚あったような。あんた持ってなかったっけ」  思い出して、美音は自分の部屋の押し入れを開けた。  部屋に物をさらに散乱させながら、押し入れの奥の奥、クッキー缶を取り出す。蓋を開くとぐしゃぐしゃになった写真があり、裏には下手な字があった。  みとめられるひとになる、と。  思い出した。思い出したくなかったのだ。  枚田の親はたしか金持ちで、けれど変人だったのを覚えている。犬を拾ったことがある。枚田の家は大きくて、犬などいくらでも飼えそうだった。けれど彼の父親は言った。「飼ってもよい。だがお前たちの責任で飼わねばならぬ。手術や薬、餌の代金はどうする。学校に行っている間はどうする。責任が持てなくなったとき私は助けぬ。自分で責任を持てぬうちに生き物を飼うな」と。  極端な人だった。怒ったり手をあげたりはしない。ただ、子供だからという甘えを許さない人で、美音は枚田の父を怖いと思っていた。  それでも、枚田とは仲がよかった。  頭のよい子供だった、と思う。大人びたところがあり、引き時と攻め時をよく見極めていた。枚田の周りでは争いが起きず、穏やかであった。 「泣いてるの?」  昼寝の時間に、隣だったことがある。  あとから聞くと、枚田の母親が亡くなって間もなかったのではないか。あの大人びた枚田が泣いているのを見て、なんだかたまらなくて、一緒に寝た。  それから、なんとなく一緒にいるようになった。  美音は枚田が好きだったし、枚田もそうであったろう。けれど、枚田の父親の都合で引っ越しをすることになった。美音も枚田も、泣いて嫌がったのだ。 「私の決定を覆すほどの力は君たちには無い。無力である自分を呪うがよい。悔しいのならば、人に認められ、人を動かすだけの人間になればよいのだ」  悔しかったのを覚えている。  自分が無価値だと言われた気がした。親にも、姉にも、みんなに可愛がられてきた自分が無意味だと言われた気がした。私は何者かにならねばならぬと。  人に認められる自分でなければ、取り戻せないのだと。 「おはよう、枚田くん」  朝、美音はいつも早く学校に着く。  枚田は部活の朝練に行く前に、鞄を置きに来たようだ。二人だけの教室、蝉の声はまだ抑え目で、窓から入る風は涼しさを孕み、青い草木のにおいを運んだ。 「ああ、おはよう、新宮」  美音は用意してきた言葉がある。  枚田は既に告白している。それを掘り返して改めて振ってやるのである。性質の悪いことこの上ないが、こういうのはしっかり決着をつけなくては。  そうして初めて、百人目に線を引くことができる。 「枚田くん、昨日の、話なんだけど」  過去に何があろうとこいつは敵だ。不倶戴天の敵である。  鬼に会っては鬼を切り、仏に会っては仏を切るのが恋愛の道ではないか。 「一応、言ってもらったから、私も返事だけ、悪いのだけど」 「いや、新宮」 「と、ともだ……」  なんで私の声は、震えているんだ。 「泣いてるぞ」  いや。いやいや、泣くわけがないじゃないか。  美音は自分の頬に触れた。濡れている。どうやら本当に泣いているらしい。  わかっていた。  だってそれは、二律背反ではないか。  人に認められることが存在理由である。けれど、認められたかったのは枚田と一緒にいたかったからだ。昔の思いと今の思いとの差が問題なのだ。  過去の願いは否定できない、けれど今の自分をそう簡単に否定できない。  枚田を振らなければならない。それがレゾンデートルなのだから。しかし、それは美音を形作る思想の根本を否定することでもある。どうすればいい。 「私、あの……」  ハンカチを取り出そうと鞄に手をかけ、そのまま床に中身を出してしまう。  ばらばらになった筆箱、広がるノートや教科書。 「新宮、俺のことが嫌いなら、それでもいいんだ」  枚田が落ちたものを拾いながら言う。 「俺は新宮のことが好きだけど、別に嫌ってくれていい。俺が好きなだけだから」 「……どうして」 「だって、俺が一番つらい時に助けてくれて、救われた気がしたんだ」  くそ、ストーカーか誠実か怪しいようなこと言いやがって。  毒づいて、少しだけ落ち着いて、枚田を見る。  むう、爽やかなイケメンだ。頭もいい、運動もできる、しかも一途だ。  現在と過去のレゾンデートルを照らし合わせた結果――。 「お友達から、お願いします」  見事に保留を選んだ。  え、いや、だって、そんな急に決められんよ。まだモラトリアムだし。  保留。素晴らしい響きだ。枚田は苦笑する。一本取った気分。 「あ、まだ落ちてるな。拾うよ……手帳か?」  開いたままの手帳を拾おうとして、枚田が首をかしげる。  いやそれはと、止める間もなく。 「俺の名前と100って書いてあるんだけど、なんだこれ」 「と、友達百人できるかなと思って」
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