今宵ひと晩、きみを

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「飛翠……、」  惚けたように唇を開いて、焔華が見つめてくる。 「……焔華……!」  立ちあがって焔華を抱きしめたい衝動をこらえ、飛翠は想いを込めて見つめ返した。  どんな反応が来るかと思ったのに、焔華が絞り出した言葉は、 「なんかさぁ……気味悪ィぞ。変なものでも食ったのか?」 という、色気もくそもないものであった。 「……」 「それにさあ……俺、そもそも男だぞ……」  まずそこからか、と飛翠はいよいよ卓に突っ伏す。昨夜の行為をどう解釈しているのだろうこの男は?  …やはり前途多難なようだ。  まあ、すぐに相思相愛になれるというのも虫の良い話だ。ましてや昨夜『もう友達もやめだ』と宣告されたばかりである。  だが、それとは別に、頭脳を買われて軍師にとせっかく引き抜かれたのだ。  とりあえずは、これからしばらく彼と、同じ時の流れを歩むことができるだけでも幸せと思おう。  こんな鈍い体力馬鹿のどこを愛してしまったのだろう、とたびたび以前から自分の中で疑問に感じてきたが、今日はその理由が判る。  誰に何を云われようと自分の感性を信じて疑わず、これだと思った相手への忠誠を貫き通そうとする、焔華の強い信念に自分は惹かれているのだ。  そして夢を語るような、少年のようなその瞳に。 「少し待ってて下さい」  おもむろに席を立った飛翠に、焔華が声をかけてくる。 「何処行くんだよ?」 「どこって、長旅の支度をしてくるんですよ。すぐにでも渡りたいのでしょう?  この宮に戻って来られるのは何年先になるか分からないですからね」
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