今宵ひと晩、きみを

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 男は、声に侮蔑と嘲笑を含ませて尋ねる。 「気分はどうです。友と信じていた男に辱められた気分は」 「……最悪に決まってんだろが。だが、約束は約束だからな。  飛翠、てめーは、これで約束通り(あか)の皇子の軍師に就く。……契約成立というわけだ」  焔華の言葉に、その優男――飛翠は、僅かながら目を見開く。 「こうまで私に誇りを踏み躙られたというのに、まだそんな気でいるのですか。  君は私から受けた理不尽な辱めに怒り狂ってここを飛び出し、もう皇子への伺候を請うどころか二度と私と口もきかず、私の門を叩くこともないだろうと思ったのですが…。  まさか私がさっき君にしたことを、水に流して下さると?」 「……許す許さねえで云うなら、そりゃ許す訳ねえよ! …けど!」  焔華は吐き捨て、次いで言葉を切る。  その詰るような沈黙の中に、飛翠は焔華の(くみ)する陣営の、切迫した事情を悟った。 「……なるほど、現・左翼将軍たるきみが貞操を差し出してまで私を自軍に引き入れねばならないほど、朱の皇子の陣営は敗色濃厚ということですか」 「……仕方ねえだろ。遨将と尊将が敵軍についちまってるんだから。 こちらは是が非でもてめぇを引き入れなきゃ力の釣合いがとれねえ」 「ほう、つりあい、ねぇ」  飛翠はことさら焔華の語尾を繰り返し、天蓋の外の掛け金に、手灯篭を吊り下げた。  寝台を照らしていた無遠慮な光が、薄幕ごしのやわらかなものに変じる。  飛翠は両手が空くと、寝台の柱にもたれて腕を組んだ。語り出した口調は、やや皮肉げだ。
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