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「好きなんです」
放課後こっそり呼び出した資料室、ありふれた……だけど私にとっては初めての勇気を出した告白。そういう特別なとこ伝わってるかな? なんて私はじっと相手――柏木先生を見る。さっきからぴくりとも表情が動いてない気がするんですけど。もしかして、怒ってる? いやいや、元から先生って無表情だし、悲観的なのよくないよね? 私はじっと返事を待つ。
「篠塚さん」
うっとりするような低い声が私を呼んだ。
「は、はい!」
「篠塚さんは何をして『好き』などと私に言うんでしょうか」
「はぁ……?」
ちょっと、っていうか全然先生の言ってることが掴めない。何をって、一つしかなくない? それ言わせちゃう? 先生ってイケなくせに恋愛下手? ……とは言えるわけなくて。
「『好き』ってそのままの意味ですけど……」
私はぼそぼそと呟いた。
「篠塚さん」
「はい」
「僕が聞きたいのは篠塚さんが『何を』好きかです。質問を正確に理解してから答えてください」
授業か! とツッコミたくなるけど先生だし流石にそれは私も言えない。っていうか、そういうシチュエーションじゃないし、それにそんな真面目で熱心なところが好きだから告白したんだし。うわ、本当にそういうところが先生らしくて無理好き。
「えーと……『何を』好きか、ですよね?」
「ええ」
「わ、私が『好き』なのは……」
うわ、声が震える、緊張する。目とか合わせらんない。
「私が『好き』なのは、柏木先生、です」
言った! ちゃんと言えた! 胸がすごいバクバクする……。本気の告白ってこんな緊張するんだ、なんて私はちょい放心しながらそんなことを思う。
「篠塚さんが僕を、ですか」
でもそんな私と裏腹に先生は落ち着いていて。温度差がなんだか苦しい。……やっぱり生徒とは無理なのかな。なんか条例とかもあるもんね。いや、それは分かって告白してるんだけど、やっぱりそういう反応されると辛い……かな。なんて、堪えられないから拳をぎゅっと握る。
「……やっぱり無理ですか?」
私は耐えきれなくなって自分から切り出した。やば、泣きそう。ダサ……。
「そうですねえ……」
でも、返ってきたのは「無理です」なんて即答じゃなくて。私は驚いて顔を上げた。そこには見たことのない表情の先生――ううん、先生じゃない。きっと素の『柏木さん』なんだ。直感的にそう思った。柏木さんはにっこり笑って、でも柔らかいとかじゃなくて、そう、『妖艶』とか『色気』とか、そんな感じで口を開いた。
「じゃあテストをしましょう」
「テスト、ですか?」
「はい。簡単な問題です。僕への気持ちを100文字で表してください。不足しても余らせても駄目です。丁度100文字で」
「それができたら付き合えるんですか!?」
「篠塚さんができればそのときは考えましょう。ちなみに、今まで挑戦した人は何人かいましたが全員不正解です」
「不正解……」
「簡単に言えば感情が伝わりませんでした。無理矢理文字数を合わせただけの言葉では人の心を動かせません。相手が国語教師ならなおさら。僕たちは言葉に敏感ですから」
分かるような分からないような……。もしかしてこれって遠回しに断られてる? 私はもう一度じっと柏木さんを見つめた。妖しい笑顔が無表情に変わる。あ、これ「できないだろ」って思ってそう。
「……分かりました。問題、やります」
「へえ、自信があるんですか?」
「正直ありません。私の成績知ってますよね?」
「はい。最近伸びてはいますがまだまだトップ10には遠いですね」
「でも伸びたのは先生のおかげです。先生が褒めてくれるから頑張れたんです。だから、テストとか問題とかどうってことないです、多分」
「やってみて後悔するかもしれませんよ? 自分の語彙力の無さに打ちのめされるかもしれません。それに、取り組むうちに恋心がただの憧れだと自覚することもあるでしょう」
「大丈夫ですよ」
私はきっぱりと言い切った。ぱちぱち、柏木さんが瞬く。
「柏木先生……ううん、柏木さん。私を見くびってますよね? 確かに時間はかかるかもしれないけどこの気持ちは本物なので。柏木さんこそ逃げないでくださいね?」
煽られて、めらめら、恋の炎がますます燃え上がる。初めて告白したいと思った、その想いは本物だから。それに先生と違う『柏木さん』を見て、もっと知りたいと思ったから。
「女子高生って何でもできるんですよ? 頑張れば小説家だってなれる、無限の可能性があるんです。twitterくらいの文字数とか全然いけます」
「……へえ?」
興味深そうにまた『柏木さん』がちらりと覗く。ばくばく心臓が鳴っている。でも、これは恋してるからだけじゃない。一つのチャンスを目の前にした興奮だ。そう、可能性は……ある!
「……柏木さんこそ、嫌われないようにちゃんと自分磨いて置いてくださいね?」
「先に惚れた貴方が言いますか」
クッ、と笑う柏木さんを見て私もやってやった気になって笑う。テストとか、教師と生徒とか、条例とか、そういうの全部ひっくり返してこの人を手に入れたい。今までの子ができなかったことをしたい。そんな欲がどばどば溢れる。身体中に漲る力は一人の女としてのもの。私は柏木さんの理想を超えてみせる。絶対に。
「……じゃ、早速取り掛かるんで近いうちにまた」
「分かりました。ああ、これはくれぐれも内密に」
「もちろん。そんな馬鹿に見えます?」
また柏木さんが笑う。
「見えました、けど君は他の生徒と違うみたいだ」
「それを今から証明してみせますから」
「……楽しみにしてますよ」
ぽん、と肩を叩いて柏木先生は扉へ向かう。私はその背中を見送って、初めて触れた手のひらの感触を反芻する。そうして、すぅ、と息を吸い込んで溢れる感情を言葉にしスマホのメモに羅列するのだった。
そう、これは始まり。私と彼との恋の戦い。
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