ハッピー・バースデー

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ハッピー・バースデー

 憂鬱だ。そう思いながら多江は一人、お寺の待合室でため息をついた。  皆の荷物がごっちゃりと置いてあるばかりの和室は狭く、妙にじめっとしている。昨日まで降っていた雨のせいなのか、それとも多江の心持ちのせいなのか。やるべき仕事はあるはずなのに、今はそれさえ頭が回りそうにない。昔は妻として母として、バタバタとめまぐるしく走り回るのも珍しいことではなかったというのに。  夫であった則夫が亡くなったのが、丁度一年前の五月のことである。今日はお寺でその一周忌の法事を行ったのだった。食事が終わり、後片付けをし、ちらほらと参加してくれた親戚や友人知人が帰りつつある。基本的な仕切りは全て長男夫婦に任せてあり、多江がどうしてもしなければいけない仕事はさほどない。お茶くみも、頂いたお菓子などの記帳も、みんな息子とその嫁がやってくれている。おばあちゃんはいい年なんだから休んでいてよ、と孫達にさえ気遣われる始末だ。いや、それはけして悪いことではないのだけれど。 ――昔は町内会の会長も任されてたし、みんなあたしに着いてこい!って張り切ることが多かったってのに。本当に嫌ね、年は取りたくないもんだわ。  もうすぐ、多江は九十歳の誕生日を迎えようとしている。  お祝いをするために、普段は遠くに住んでいる次男や三男の家族が来てくれるというのは嬉しい機会に違いなかった。今回だって、大往生した夫の一周忌という理由とはいえ、普段会えない親戚や知り合いに会えるというのは喜ばしいことではある。一人では広すぎる家で、停滞した時間を過ごすよりはよほど有意義な時間であることには違いない。  けれど、多江は酷く疲れていたし、憂鬱だった。むしろ疲れているからこそ憂鬱だ、と言い換えることができるかもしれない。  九十歳という年齢の割には随分元気よね、とよく周囲から言われる多江である。腰は曲がっているものの自分の足で歩くこともできるし、掃除や洗濯、料理などの家事も一人でこなせないことはない。近隣には同年代の友人もたくさんいる。孫や息子達も、一週間に一度くらいは家に遊びにきてくれる。恐らくこの年齢の高齢者としては、かなり恵まれた方なのだろうと自分でも思っているのだ。でも。 ――昔はもっと簡単に出来たのに。本当に、どうして人間には老いなんてものがあるのかしら。  九十歳という区切り。卒寿のお祝いだと、長男が張り切って高い料亭の予約をしてくれている。めでたいことであるはずなのだろう。今の平和な世の中だからこそ、自分はこの年まで生きてくることができたのだ。これが戦時下の日本であったならどうか。栄養失調に、いつ落ちてくるかもわからない爆弾に怯え、それらに当たらずとも逃げようとして転んだ拍子にポックリ逝ってしまわないとも限らない。いろいろあった平成も、先月の末で終わりを迎えた。昭和と比べてきっと平和で穏やかな時代であったのだろう。平成しか知らぬ若い者たちに言わせれば、いやいや平成だって大変だったよと口を尖らせることだろうけども。  そう、そのめでたい筈の日が迫っていることが、多江は酷く億劫というか――嫌だな、と思ってしまうのである。何故なら、孫達になんと言われるのか想像がついてしまうからだ。彼らは笑顔で言ってくれることだろう。
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