再会

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「……おはよーございまーす」  店に入ると、黒髪に柔らかいパーマをかけたミディアムヘア、整えられた髭の強面の男と目が合う。店長だ、と思った瞬間眉間に皺が寄って「おはよう」と言いながら俺の正面に仁王立ち。この人絶対感付くよな、と無理矢理笑顔を作ってみせるが、顔が強張る。 「慧けい君、また朝っぱらからやらしいことしてきたね?」 「……何でそんなの分かるんですか」  奥の部屋で俺の客用のパーマ液を準備していたのだろう、アシスタントの雪菜が笑いを堪えながら道具を載せたワゴンを押して出てくる。 「分かるね。今の相手と付き合い出してから、お楽しみの後は必ず精気搾り取られたって顔してるから」  一時間前の自分にこの言葉を聞かせたら、確実に中折れしただろうなと思いながら、店長が目配せするので、雪菜ゆきなに頭を下げた。 「朝一から入ってるのにちょっと遅くなった……すまん」 「良いですよー、別に慧さんが早く来てくれるとはハナから思ってませんでしたし」  スタイリングチェアの横にワゴンを置き、ドレッサーに雑誌を五冊並べると満面の笑みで俺を振り返る。専門学校卒業したばかりのド新人で入ってきた一年前は何でも俺の指示を仰いでくる可愛い手下って感じだったのに、気がつくとトップスタイリストの俺をこけにするまでに成長を遂げた。 「……仕事はちゃんとやる」 「勿論。ちゃらんぽらんでも腕は確かなんですから」  さらっと凄いことを言って、レジの横のPCをいじり始める。夜の間に入った予約の確認だろう。 「さ、あと二十分くらいで来ちゃうよ。僕も新規客のカット入ったから頑張らないとね」  「はい」と返事をして持っていたクラッチバッグを控え室のロッカーに入れ、道具一式揃った年期の入ったシザーケースを腰から提げてフロアに出る。PCを見つめる雪菜の後ろから今日の予約をもう一度確認すると、午後一に客の予約が増えていた。 「カラーとカットか……って、これ三人で回せるのか? 店長もカラー入ってて雪菜そっちのヘルプだろ?」  一週間前他店と掛け持ちで入ってくれていたアシスタントが急遽辞めたことをすっかり忘れていて、予約サイトに反映し忘れていたのだ。 「慧さん知らないんです? 今日から新人さん入りますよ。それも社員で」 「は?」  店長の方を見ると、今思い出したといわんばかりに目を丸くした後、控え室から紙を取ってきて俺に手渡す。顔写真の貼られた履歴書だ。 「一昨日慧君が早上がりだった時に面接して、その場で決めたんだけど」 「森繁……え?」  顔写真、と名前。交互に何度も確かめるように見てから絶句、混乱を極めた脳内は思考停止。 「おはようございます!」  出入り口から聞こえた大音量の挨拶にびくっと肩を震わせ、恐る恐る顔を向ける。
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