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「あの、今の人、新人さんですか」
竹田さんなら迷わず訊くだろうなとは思った。俺は張り付いた笑顔で、「ええ、今日入ったばかりなんですよ」と答える。
「イケメンですね! あっ、慧さんもイケメンですけど、ゲイだからついそういう目では見れないというかなんというか」
「はは、分かります。大丈夫ですよ」
シャンプー台へ誘導するとシゲが「代わります」と声を掛ける。本当は雪菜がやるところなのにと思いながら、俺は次の客の準備を始めているその後ろ姿を睨み付けた。
そこで店長の常連客が店に入ってきて、目の前を店長が笑顔で通過する。仕事だ、ちゃんとしろ、ともう一度心の中で叱咤して、ドレッサーに置かれた竹田さんの飲み終えたカップを片付けたり、次の客の年齢に合わせて雑誌を入れ換えたりした。
シャンプーを終えた竹田さんの髪をドライヤーで乾かしながら、メンテナンスの仕方を一通り教える。最後の仕上げと前髪をカットし、ワックスで軽く形を整えた。
「どうでしょうか」
鏡越しにバックミラーで後ろ側が見えるように映し確認すると、竹田さんが笑顔で「いい感じです」と答え一安心。カウンターでジャケットと鞄を渡し、会計を終えて「新歓コンパ頑張ってくださいね」と出入り口で声を掛けると竹田さんが振り返った。
「慧さんも頑張ってください!」
と、そうガッツポーズをして帰っていった。店のドアのベルがカランカランと軽快な音色を立てている。さて、竹田さんには探偵になったらどうかと今度話をしてみようと思う。
ふとシゲの方を見ると雪菜から色々と説明を受けているようだった。まだ、目が合ったのは最初の一回きりで済んでいる。この調子でやり過ごせば、なんとかやっていけるだろうか。
一息吐いた瞬間、ドアのベルの音と共に常連の安井さんが入ってきて、「いらっしゃいませ」と笑顔のスイッチを入れた。
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