第3章「オバハン哀歌」ー坂東 悦子①ー

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御国麻里夫(みくに まりお)は、いわゆる“オネエ”という、乙女心を持った男だ。都内のデザイン専門学校を卒業した後、ニューヨークに渡り、一流のデザイナーになることを夢見ていたそうだ。3年間ニューヨークでみっちり修行をした後、日本に帰国。「madam shelly」や「J&Y outret」の親会社であり、アパレル業界大手である“株式会社タケミツ”のデザイン事業部に配属され、順風満帆なスタートを切った・・・・・・筈だった。 彼(彼女)にとっては、不運としか言いようがないのだが、新人社員研修の一環で、彼(彼女)が売り場に立って仕事をしていたときに、営業事業部の上役にその資質を認められ、大層気に入られてしまったのだ。その上役というのが社内でも、かなり力を持つ人物だったため、彼(彼女)のデザイン事業部に残りたいという主張も虚しく、彼(彼女)は、スーパーバイザー(SV)として、アウトレット全般と首都圏の“mode shelly”をはじめとしたプロパー店を任され、今現在、彼(彼女)は、“株式会社タケミツ”の上役たちにその実績を買われ、社内で確実に幅を利かせている。  “マリー”こと“御国麻里夫”が“madam shelly”猫柳アウトレット店に配属され、悦子が初めて彼(彼女)と対面した時のインパクトは相当なものだった。金髪のツンツンヘアにゴールドのリングのピアス。身長175センチ体重48キロという痩せ型の彼(彼女)が身に纏っていたのは、“mode shelly”の婦人物の洋服だった。さすがに、スカートは穿いていなかったものの、一見して婦人服とわかるものだった。なよなよっと内股歩きで彼(彼女)がレジへ近付いてきたとき、悦子は、不審者と間違えて、危うく警備員を呼び出すボタンを押すところだった。 「ちょっと、アンタがここの店長さんかしら?」 「えっ、ええ、そうですけど、何か?」 「何か? じゃないわよっ。このウスラトンカチっ! お客さまが来店したってのに、アンタの店では、『いらっしゃいませ』も言わないわけ?」 「もっ、申し訳ございません・・・・・・」  悦子をはじめ、その時その場にいたスタッフ全員が、彼(彼女)を不審者だと思っていたため、声が出なかったのだ。マリーは、状況を察知したのか、名刺を差し出しながら言った。 「本社からアタシが今日来るって連絡きてないわけ? 何、この対応、失礼しちゃうっ!冗談じゃないわよう!」  マリーから差し出された名刺には“株式会社タケミツ 営業事業部 営業一課 スーパーバイザー 御国 麻里夫”という肩書きが記されてあった。確かに、その日、本社から新しく担当になるスーパーバイザーが挨拶がてら店舗を見に来るという連絡は受けていた。ただ、このような独特な風貌なお方であることは訊いていなかったのだ。 (事前に教えてくれても良さそうなものを・・・・・・)  悦子は、気の利かない本社の対応を恨めしく思った。  そんなこんなで、マリーと悦子の初対面はお互いに最悪なものとなった。しかし、実際に仕事をしてみると、マリーがどれだけデキる男(女)であるかは、悦子だけでなく、スタッフ全員が認めざるを得なかった。さすがは、営業部のラスボスに魅入られただけのことはある・・・・・・と悦子は思った。マリーが本社のお偉いがたを説得して、“mode shelly”のカジュアルブランドである“madam shelly”の立ち上げに尽力してくれたからこそ、“madam shelly”猫柳アウトレット店は、今もなお、売上を伸ばし続けているのだ。
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