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入社当初は、たった3ヶ月の違いと言えど、早坂たちに一応“先輩”として気を遣うこともあったが、彼女らを追い越して契約社員となった今となっては、余計な気を遣う必要はない。真美は、優越感に浸り、自分より“下”の出来の悪いスタッフを見下していた。
「なんでしょうか?」
気怠そうに早坂が言った。
(なんでしょうか? じゃねえよ!)
真美は、寸でのところで心の声を呑み込んだ。
「1時間35分36秒」
「はっ?」
早坂は、意味わかんねえ、とでも言いたそうな怪訝な表情を浮かべた。
「先程、メンズスーツをお買い上げ頂いたお客様の接客に私が要した時間よ」
「はあ……それが何か?」
早坂は、今にもぶち切れそうな様子で答えた。
「その間、あなたは何をしていた?」
「何って? ちゃんと接客していましたよ。お声掛けもしましたし、レディースのカットソーだって2着売りましたけど?」
「ああ。アウトレットオリジナル商品ね……」
「『ああっ』て……」
早坂は、真美の口振りを無意識に真似しながら失笑し、言葉を続けた。
「単価ですか? 単価が安い商品じゃいけないってことですか?」
「そういうことじゃなくて……」
「じゃあ、何なんですか?」
早坂の語気が更に荒々しくなった。
「本当に気付いていないの?」
「……ええ」
早坂は、真美を見ることすら嫌らしく、真美の後方にある壁時計をじっと見つめていた。
「私が接客している間、お客様がレジに並んだんだけど、あなた、お客様に呼ばれるまで気付かなかったでしょう? 私、あなたに目で合図したんだけど、おたたみに集中していたのか気付いてくれなくて……そりゃ、おたたみも大切なお仕事の1つだけれど、1番大切なのは接客でしょ? 売り場に出ている時は、お客様の動き、スタッフの動き、全てにアンテナを張り巡らせて、常に意識して把握するようにって、私、言いましたよね? 早坂さん、ひとつのことに集中すると周りが見えなくなるタイプでしょう? だったら、すぐにでも直してもらわないと皆に迷惑がかかるから、至急直してください!」
「……」
「あとね、私が接客している間にいらっしゃった三十代くらいの2人組の女性のお客様、午前中にも一度いらっしゃったお客様だって気付いてた? ご友人の結婚式の二次会にお召しになるワンピースをお探しになっていたお客様なんだけど……」
「そのお客様には気付きましたよ! でも、私も別のお客様の接客入っていたんですよ!」
早坂の語気はより一層鋭さを増し、鋭いナイフのような言葉は、真美の存在をメタメタに切り裂き消し去りたいという憎悪の念が込められているかのようだ。しかし、真美は早坂が真美に対して怒れば怒るほど、快楽を感じた。
(何が癒し系だ? どこが小動物みたいで可愛いだ? ちょっと仕事上の注意をしただけで化けの皮が剥がれる。醜いモンスターだ。なんで、こんな女が他のスタッフから慕われているのかわからない。高学歴だかなんだか知らないけれども、この仕事に対して何のプライドもこだわりも持っていない。それどころか、内心バカにしているようにさえ見える。気に食わない、気に食わない、気に食わない、気に食わない、気に食わないっ!……ネチネチいびって、絶対辞めさせてやる!)
「だったら、手の空いているスタッフにお願いするとかすればいいことでしょう?」
「気付いていたんなら、後藤田さんがそうしたら良かったじゃないですか! 私の何が気に入らないのかわからないですけど、何でもかんでも私のせいにするのやめてもらえませんかね?」
「だって……」
真美は、この瞬間を待ち焦がれていたかのようにニヤリと笑った。
「私は“契約社員”だから……本田店長から、アルバイトスタッフの教育指導を一任されちゃっているのよねえ。まあ、自分より後から入ったスタッフになんやかんや言われるのは面白くないかもしれないですけど、私だって好きでこんなこと言っているわけじゃないんだし、お仕事なんだから、そのへんは割り切ってもらわないと困るのよねえ……」
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