第2章「エリート崩れの叫び」ー早坂 杏理①ー

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「なんか、俺、触れちゃいけない話題に触れちゃいました?」  まあさんが、申し訳なさそうな表情で訊いてきた。 「ああ、いいの、いいの。まあさんが気にすることじゃないから。マユリはね、“クリステル”に嫉妬しちゃってるんだよね」 「嫉妬って……。そんな……。三条さんだって綺麗だし、かなりモテるんでしょう? そもそも、“クリステルさん”と三条さんは全然違うタイプなんだし……」 「マユリはね、世界で1番、自分が可愛いと思っているんだよ。自分以外の女がチヤホヤされるのが相当気に入らないみたいだね」 「なんですか、それ? 女の人っていろいろ大変なんですねえ……」  まあさんは、苦笑しながら言った。 「まあ、女って面倒くさい生き物ではあるよね。特に、マユリは“女”が強いから人一倍面倒くさいの。ここだけの話、“クリステル”は、マユリの彼氏をフッた女なんだ。マユリの彼氏って、“ma couleur(マ クールール)”の副店長やってる人なんだけど、彼の心が未だに“クリステル”から離れていないことに対して、彼女の“女”としてのプライドが赦さないんだろうねえ……」 「なるほどねえ。早坂さんは、三条さんのこと良く理解しているんですね。お2人は確か、高校の同級生でしたっけ?」 「うん。いちおう高校の同級生なんだけど……」 「いちおう?」 「うん。私たち冥鳳学園(めいほうがくえん)出身なんだけど、同じクラスになったことは一度もないんだ」  「冥鳳学園高校」は、この辺の私立高校では1、2位を争う進学校として名が通っており、東大、京大などの国立大学や早慶などの難関私立大学に進学する者も年々増えている。部活動にも力を入れていて、近県から優秀な生徒をスポーツ特待生として多数受け入れ、バスケ部と陸上部はほぼ毎年インターハイに出場している。“特進科”、“進学科”、“普通科”に分かれており、大学に進学する者の大半は“進学科”、偏差値が高い難関大学に進学するのは“特進科”の生徒だ。一口に進学校といっても、個々の生徒の能力にはかなりの開きがある。成績優秀な杏理は“特進科”、マユリは“普通科”。同じクラスになる筈もなかったし、帰宅部だった杏理は、部活動でもマユリとは、何ひとつ接点はなかった。ただ、冥鳳学園高校の同じ学年に在籍していた生徒で、三条マユリの存在を知らない者などいないのではないか? というくらい、マユリは“悪い意味で”目立つ女だったのだ。  常に男が居ないと生きていけない。世の中にはそういう体質の女が少なからずいるらしいけど、マユリは、まさにそういう体質の女だ。中学時代は地味で目立たなかった彼女が激変したのは、チアリーディング部に入って、いわゆる目立つ女の子たちとつるむようになってからだ。 大きな試合があるたびに借り出されるチアリーディング部は、運動部の男子との接点が多かった。校内のカップルの大半は、運動部男子とチア部女子という組み合わせで、杏理たち特進科の女子は、男漁りに熱心なチア部の女たちを敵視し軽蔑していた。その中でも、三条マユリの男漁りぶりは有名で、バスケ部、陸上部、サッカー部、野球部、バレー部……それぞれの部のエースを狙っては堕とし、飽きては棄て……を繰り返していた。それだけでは飽き足らず、高2になると、マユリは、彼女がいる男を故意に狙うようになった。そのカップルの結束が固ければ固いほど執着を見せるというタチの悪さで、高2の秋くらいには、チア部の女たちからも呆れられハブられた。チア部で孤立したマユリは、チア部を辞めた。これで少しはおとなしくなるだろうと誰もが思った、が、彼女は留まることを知らなかった。次に彼女がターゲットにしたのは、特進科と進学科の男たちだった。難関といわれている大学に入れそうな将来有望な男たちを次々に堕としていったのだ。自分たちのテリトリーにまで侵入された、特進科、進学科の女たちは憤った。性悪女にまんまと引っ掛かるマヌケな男たちの情けない姿を目の当たりにして、特進科と進学科女子の怒りは頂点に達し、マユリをしめるというところにまで話はエスカレートしていた。そんな矢先、マユリに人生初めての屈辱を味わわせた男が現れた。特進科でも常にトップクラスの成績を維持し運動神経も抜群、佐藤健(さとう たける)似のイケメン、吉沢祐樹(よしざわ ゆうき)君だ。彼は、 「オマエみたいなブスとは付き合いたくない」  と言って、マユリを見事に一刀両断したのだ。吉沢君が選んだ女は、同じクラスの岡田さんという、どこをどう贔屓目に見ても美人とは言えない地味で目立たない子だった。美人ではないけれど、みんなに優しくて、どこか気品が漂う性格美人の彼女を選んだ彼を、杏理たち、特進科の女たちは“英雄”として褒め称えた。  吉沢君がマユリを“ブス”呼ばわりしたのは、外見ではなく内面のことだったのだが、そのことを理解できないマユリは、その頃から整形にハマリ、モデルやグラビアのオーディションを受けまくっていたらしい。 「へえ、そうなんですか。それじゃあ、お2人は、一体どこで友達になったんです?」 「うちのショップに成実(なるみ)って子がいるんだけど、その子の友達が“ma couleur(マ クールール)”にいて、“ma couleur(マ クールール)”と“J&Y”の親睦会に行ったときに、マユリと知り合ったんだ。マユリは私のこと知らなかったみたいだけど、彼女はちょっとした有名人だったからね。同じ高校の(よし)みっていうことで、ちょくちょくご飯食べに行ったりするようになったんだ」
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