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十と千のあいだ
授業は国語で、言語と区別についてだった。
飯塚千十は彼にしては珍しく、真面目に授業を聞いていた。
隣の席の桃谷一白は絶賛舟をこいでいる。
「つまり、名前というものは非常に重要です」
先生は熱をこめた。
「人間はナニカを価値のあるものとして認識すると、名前をつけることによって、他のナニカと区別するのです。そして名前には必ず意味があります」
なるほど、と千十は思った。一理ある。
だが、新鮮なキュウリを割ったときに出るような、そのパッキリした声から出てきた次の言葉は厄介なものだった。
「――ですから、皆さんの名前の由来をご両親に聞いて、それを生きていく上での教訓みたいなものにしてみてくださいね」
名前が少々変わっていることについて今までなにも感想を持たなかった。
しかしいざ問われると気になってくる。
帰宅すると母親が洗濯物を取り込むところだった。
「名前の由来?」
「そう、授業で話題になったんだ。なんか意味があるんだろ?」
変な名前だし、と付け加える。
「変とは心外だな。これでもたくさん考えたんだから」
千十は洗濯物をたたむのを手伝う。
「お、いい子だね。ではヒントをあげよう。
それはね――母さんたちにとって、百点の子どもだから、かな」
ヒント? なぜ? 正解じゃなく?
それに百点?
千と十なのに?
「それってどういうこと?」
「んー。そのままの意味だけれど……」
ニヤリとすると続けてこう言った。
「百パー理解するにはあと一世紀は必要かな」
「で、それ以上は教えてくれないわけ?」
「ああ、考えたけどわからん」
翌日。
隣の席の桃谷との会話。
ふーん、と一瞬天井を見上げると、
「お母さんはなんて言ってたんだっけ」
「百パー理解するにはあと一世紀は必要かな、だ」
「一世紀……、百年、ワンハンドレッド……百パーセント……」
「な?わかんな――」
「ああ、そういうこと」
桃谷が呆れたような顔をした。
え? わかったの?
「数学か、英語の授業でわかるかも」
「ヒントはもういい、教えてくれ」
自分の名前の由来を他人から教えてもらうのは変な話だが。
「ええと、簡単だよ、
千十、セント、パーセント、センチュリー。Centiは百の接頭辞だね」
千と十で百を表したわけ」
「あーなるほどな……上手いようなそうでもないような」
「でもこれってさ……」
桃谷が破顔した。
それと引き換えに千十はため息をつく。
「ダジャレかよ……」
「えーと、この名前から得られる教訓は……」
「――人名で遊ばない、かな」
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