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ウェイトレスとマスター
「なんなの、あの客はぁ」
この店のマスターが用事を済ませて、ちょうど裏口から店に帰ってきた。厨房に入った途端、目の前に中指を突き立てたウェイトレスのあいがいた。
「ど、どうしたあい?」
「彼氏いないだと?図星だと?なんでそこまで言われなきゃなんないのよ」
「うん、その通りだよね、うん、でもその通りでもあるよね」
マスターが苦笑いすると、あいはマスターの胸ぐらをつかんだ。
「じょ、冗談だよあいちゃん。ごめん」
マスターは両手を合わせて謝る。あいはマスターから手を離すとマスターを睨んだ。
「マスター、あのお客さん来てからもう30分は経ってるのに、ひとつも注文しないんだよ。しかも水ばかり、もう4杯も。しかも出す時間まで命令してくる!」
「そんな嫌なお客さんもいるよ。でもそのお客さん、なんか嫌なこととかあって今日はそんな態度だけかもしれない。あまり気にしないで、ね?」
マスターはなんとかあいをなだめようとする。
「注文はあとで取れたらいいから。あいちゃんは気にしないでいいよ」
「マスター、気にするなっていうけど、お客さんが入らなくて経営がヒーヒー言っているの誰?」
「・・・僕です」
「そのせいで私の時給も全っ然上がらないんですけど」
「あいちゃん、それとこれは別問題・・・」
「同じでしょ!」
あいはマスターに詰め寄る。
「お、同じかもね」
マスターは後ずさりした。
「今のご時世で時給が600円ってどういうこと?全国のどの最低賃金より低いんですけど」
「それは悪いと思っているけど、家族経営でバイト代払っているだけでも凄いんだよ」
「なに言ってるの!小遣いはここで稼げって言ったの誰?」
「僕です。」
「そうですよね!友達なんか親からの小遣いだけで私の月給の倍もらってるのに!」
「あいちゃんの気持ちはわかった、とりあえず敬語は続けようよ。ね?ここは職場だから」
マスターはあいの気持ちを落ち着かせようとする。あいは、マスターから下がって後ろを向き、大きな深呼吸をひとつした。
「わかりました。時給の話はあとでしっかりさせていただきます。」
まだあいは怒っているが、マスターは一旦落ち着いたことでほっと胸をなでおろした。
「ただマスター、あのお客さんの水はデキャンタ持って行ってあとは自分でついでもらっていいですよね?」
あいは当然のような口で聞いた。
「それはダメだよ。」
マスターは少し厳しい顔になった。
「お客さんがいくらわがままでも、いくら水といってもお店からきちんと出すということが大事なんだよ。それがサービスだよ。」
「ダメなんですか」
あいはブツブツ呟いた。
「あいちゃん、嫌なことも経験になるよ。頑張ろう!さっ笑顔、笑顔」
マスターは指で自身の口角をあげた。
「笑顔って言われてもね・・・」
あいが続けて文句を言おうとしたときマスターの携帯が鳴った。
「はいはいはい」
マスターは携帯を取るために裏口から出ようとして
あいに一言いった。
「あいちゃんの笑顔は世界一だよ」
「こんな顔でもですか?」
あいの笑顔は思いっきり引きつっていた。
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