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「ここは・・・」
メガネが精算を取る。
「ここはってお前しか注文してねえだろ」
男が呆れる。
「ん?」
メガネが精算の下に隠れていた黒い紙を見つけた。
名刺ほどの大きさの紙は表も裏も黒い。その表にワンポイントで何かマークがついている。あいが持ってきたのだろう。メガネは手にもってつぶやいた。
「これ、なんですかね」
黒い紙をみた瞬間男は立ち叫んだ。
「てめえ、誰だ!」
メガネは男をみた。男はあいを見ている。あいは背中を向けたままカウンターに戻る途中で止まっていた。男の腕は交差され拳銃が握りしめられていた。右手の銃はあいに、左の銃はメガネに向けられていた。テレビや映画でしかみたことのないサイレンサー付きの銃だった。メガネは一瞬感動したが、パニックになり壁際に後ずさりした。
「動くんじゃねえ!」
男がメガネにむけた銃の引き金を引いた。メガネの前に置かれたコーヒーが銃弾に当たり派手に割れる。
「ヒィっ」
メガネは体が凍った。そして気を失った。
「あーあ、もったいない。」
あいは背中を向けたまま呟いた。
「おい、姉ちゃんよ。両手をゆっくりと頭の上に置けよ」
男はあいに向かって命令した。あいはゆっくり両手を頭の上に置く。
「このままこっちを振り向け。ゆっくりだぞ。余計なことはするなよ。やった瞬間てめえのあたま吹っ飛ぶぞ」
男はあいとメガネを目線で交互に監視する。
あいはそのままの姿勢でゆっくりと振り向いた。
「手下ろしていいですか?」
あいは男に微笑んだ。
男は黙っている。銃口の先はあいの額を捉えていた。
「何も持ってないですよ」
あいは男にアピールする。
「ふざけろよ。てめえ誰だ?」
男の語気が強くなる。
「汚い言葉ばかり使うんですね。この姿勢って結構きついんですよ」
「いいから答えろ!」
男の苛立ちが見える。
「私はただのバイトですよ。」
「殺すぞ。そんなわけねえだろ」
「本当ですよ、怖いな〜。私はただこの黒紙を渡してくれと頼まれただけですよ」
・・・男の目が引きつる。
「誰にだ」
「マスターです」
あいはさらりと答えた。
男はハッとした。メガネに向けた銃を店内に向け見渡した。
いない、しまった!
「ヤツはどこいった!」
男の声が震えはじめた。
「いないですかぁ?さっきまでいたんですけどね」
あいは男の顔をジッと見ている。
くそっ、なぜ気がつかなかった!あいつが青龍か!
あの黒紙は”死の招待状”。
組織内で裏切った人間を粛清するときに使う組織の”死の宣告”。
暗殺するのではなく、あえてこれを使うときには、ターゲットに宣告してから死までの生きている間も恐怖を与えようという組織のえげつなさ。
男の目が泳いでいるのを見て、あいはだらっと手を下げた。
「命令を無視してんじゃねえよ!」
男はあいに向けて引き金を引いた。
銃弾はカウンターの奥の食器棚に置かれている瓶にあたり、派手に割れた。
「危ないっ」
あいは振り返って割れた瓶を見て呟く。
・・・男は一瞬目を疑った。
確かに当たったはずだが、手がブレたか。
男はもう一度銃口をあいにむけた。
「もう一度手をあたまの上にあげろ!」
メガネはずっと意識を失ったままだった。男はメガネから銃口を外しその銃を対マスター用に切り替え店内を警戒し始めた。
あいが男のところに向きかえり、顔にかかった前髪をかき分けた。そのあいを見た男は目を疑った。
「お前・・・」
あいの眼がほんのり赤く色づいている。まるで赤色のコンタクトレンズをつけたような通常の人間では見たことがない色。
「何?」
あいは不思議そうに答える。あいの眼の色はスーッと通常の人の目の色に戻った。男はその眼を見て凍りついていた。
・・・今から12年前。
組織が一度壊滅したと聞いたことがある。
当時、裏世界で名前を聞けば震えあがるような、殺し屋、暗殺者を要したこの組織は日本ではトップ、世界でも5本の指に入る組織だった。だが、ある日たった1日で壊滅させられたときいた。
しかもそれはたった一人の暗殺者によって。
世界で名前を知らない奴はいない最強の赤い眼の悪魔。通称「赤眼(あかめ)」
「まさかお前が赤眼・・・」
男が声を発した時だった。グラスが厨房で割れた。男はハッとして音のする方へ目と両銃を向ける。銃口の狙いが外れた隙にあいは店の入り口、男の方へ向かって走りだした。男は厨房からあいに目を移し右手の銃を発砲した。あいの眼の色がまた赤く変わる。
その瞬間、世界はスローモーションになった。
弾は蚊が飛んでいるようなゆっくりとした弾道を描き出し、男やメガネ、薬缶から吹き出す湯気や時計の針はさらにスローがかっている。
全てがそうだった・・・。
あい以外は。
あいはゆっくりと迫る銃弾を、首を曲げて弾道を逸らす。通り過ぎた弾は奥の店の壁へと突き刺さる。男は続けて左手からも発砲していた。発射された弾があいのこめかみに向かって弾道を描く。あいは横目で弾を確認すると体を止めた。銃弾はあいの目の前を過ぎ、そして全ての時間の流れが戻った。
男が発射した弾は目に見えない速さで天井から吊るされたテーブルを照らすランプ照明にあたり照明が派手に割れた。あいはそのまま入り口を勢いよく出た。割れて落ちるランプ照明の後ろから一発の銃弾が発射された。それは真っ直ぐに男に向かっていく。男はカウンターから銃を構えている人物を額に銃弾を受けながら見た。
・・・あれが青龍か。くそっ。
あいが店のシャッターを下ろし終わったと同時に男はゆっくりと受け身も取らずに仰向けに倒れた。
商店街は、何事もなかったようないつもの静寂さに戻り先ほどのカラスが同じ電柱にとまり鳴いていた。店の音楽はいつのまにか、ジャズからポップスに変わっていた。
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