注文

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カランカラン。 店の中はこの通りの年代にふさわしい 昔の喫茶店そのままだ。 入り口から縦長の店内。 入り口両側に4人掛けソファテーブルが1セットずつ。 入り口から奥にまっすぐ伸びた通路を挟んでL字型で6席くらいのカウンターと4人掛けソファテーブルが縦に2セット配置されている。 カウンターの奥にはおそらく厨房だろう。暖簾で見えないが飲食店の基本構造からすると小さな厨房と予想できる。 あと名前は知らないが、有名であろうジャズがBGMで話の邪魔にならない、だが他人に話を聞かれないくらいちょうど良い音量で流れている。 コーヒーを入れるためのアンティークなヤカンの細い口から湯気が少しずつ出ている。 その沸騰の音がジャズと混ざり合ってより店の古さを惹き立たせている。 「いらっしゃいませ」 見え無い厨房から若い女の声が聞こえた。 客は奥のテーブルに若い1組のカップル。 入り口を挟んで左のテーブルに太った中年の男。 右のテーブルには、スーツ姿にメガネの30手前くらいのサラリーマン。 メガネは男を見ていたが男が睨むと、目を逸らしスマホをいじりだした。 男はもう一度店内を見渡したあと、メガネのテーブルに腰を下ろした。 「暑いな」 男がヘッドホンを外しながらが呟く。 「エ、エチオピアに比べると涼しいですよ」 メガネがどもりながら答えた。 男はその答えを聞くとニヤリとしタバコを取り出し火をつけた。 吐いた煙をメガネの顔にかける。メガネはむせた。 「いらっしゃいませ」 さっき聞こえた声のウェイトレスがお冷を運んできた。 彼女は16、17くらいだろうか。 少し茶色に染めたロングの髪を後ろに束ね、家庭的なエプロンをかけている。 薄めの化粧、口紅はしていないが、いかにも学生バイトという雰囲気。 ウェイトレスが笑顔でテーブルにお冷とおしぼりを置くと、男はすぐに手に取り一気に飲み干す。 「ご注文は?」 「水をもう2杯くれ。」 男は空のグラスを彼女に差し出し顔をおしぼりで拭いた。 ウェイトレスは「はい」と笑顔でグラスを受け取るとカウンターへ戻る。 「こんなところ指定しやがって」 男はメガネの顔に煙を吐いた。 「すみません」 メガネはハンカチを口に当て謝る。 「人目につかないところと言われたので」 「馬鹿野郎、逆に人がいないから目立つだろが。しかもこんなボロいところで」 男はタバコの火を灰皿にもみ消した。 「すみません」 メガネは額の汗をハンカチで拭いた。 「ところで、どうしてあの合言葉なんですか?」 「あ?エチオピアか。誰も日本の夏とエチオピアを比べる奴はいない。合言葉にはぴったりだ」 「はあ、でもなぜエチオピアなんですか?」 「響きがいいからに決まってるだろう。それ以上の理由があるか?」 男はニヤッと笑い足をテーブルに投げ出した。 ウェイトレスが笑顔で水を運んできた。 黙って男の脚横にグラス2つ置くと男は黙って一つ飲み干す。 「ご注文は」 とウェイトレスは男に聞く。 男は「あとで注文する」と言ってもう一つのグラスも飲み干した。 ウェイトレスから笑顔がスッと消え、飲み干されたグラスを片付ける。 「すまんが、もう一杯水を15分後に持ってきてくれ」 男はタバコに火をつけながらまた水の注文をした。 「15分きっちりでくれぐれも頼むな」 「かしこまりました」 ウェイトレスは少しムスッとした表情をした。 ウェイトレスがカウンターにもどる後ろ姿を見ながら 男はメガネに話しかけた。 「ああいう女は、つまらないからやめとけ」 「え、なんのことですか?」 「ああいう若いだけの取り柄の女は、遊びでもやめとけってことだよ」 男はタバコの煙を天井に向かってはいた。 「わ、私はそんな遊びなんてしません」 メガネが否定する。 「そうだな、それはお前の嫁の方か」 男がクククと笑った。 「嫁をバカにしないでください!」 メガネが男に怒鳴った。店内が一瞬静まりかえり、店の全員がその席を見た。男は帽子を深くかぶり、顔を見られないようにしている。 「なんでもありません。すみません」 メガネは周りに何度も謝った。 店の雰囲気が元にもどると男は帽子を少しだけあげメガネを睨み呟いた。 「お前から先に殺してやろうか」 メガネはその言葉に血の気が引いて、首を小刻みに横に振る。 汗が一気に噴き出した。 「もう、しません・・・」 メガネは声を絞り出し答えた。 「・・・なーんてな、嘘だよ」 男はクククと笑った。 男の態度のかわりようにメガネは唖然としている。 「お前、バカだろ」 男は声をあげて笑った。店の全員がまた席を見るが、男は全く意に介さない。タバコの煙をメガネに吹きかける。メガネはハンカチで防御することを忘れたため咽せる。男は、メガネの咳が落ち着くのを待つとメガネに近づけと合図し、囁いた。 「さあ、どうやって殺そうか?」 男がニタっと笑う。メガネは唾を飲み込んだ。 「お前が嫌な客や上司に毎日頭下げて、プライドを捨てて守ってきたと思っていた女が、昼間から知らない男に感じまくっているわけだ。」 メガネは手を握りしめ目を瞑り震えている。 「しかもお前が必死に稼いだ金を男につぎ込み、平気で嘘ついて挙句は”お前がかまってくれないからだ”と」 メガネは男の話を聞きながら涙を流し歯を食いしばっている。男はその姿を見てもうひとつのグラスの水を一気に飲み干す。 「今も男と会ってる最中かもな。さあ、そんな裏切りのユダはどう裁きたい?」 メガネはメガネを外し涙を手で拭き、そのまま男に答えた。 「彼女が思い切り後悔するような方法でお願いします。」 「よーしそれでいい」 男はメガネをとったメガネの額を人差し指と中指2本でゆっくりソファへ押し戻した。そのときウェイトレスが水を運んできた。 そして時計を見て「チッ」と舌打ちをする。 「お姉ちゃんさ、きっちり15分後って言ったのに10秒も遅れてるぞ。サービス業は客の要望しっかり答えなきゃダメだろう?」 ウェイトレスはその言葉に軽くすみませんと答え、お客様がお話されていたのでと説明した。 「そんなタイミング姉ちゃんが決めることじゃないだろ?」 男は煙をウェイトレスの顔に吹きかけた。 「わかりました。今後気をつけます」 と手で煙をはけながら明らかに不機嫌な顔になった。 「姉ちゃん、彼氏いないな」 男はクククと笑う。 ウェイトレスは男を睨むと。 「おあいにく様」と軽く微笑むと空のグラスを持ってカウンターに戻って行った。 「姉ちゃん、こんどは15分後にきっかり頼むな」 男が言ったがウェイトレスは答えなかった。 「図星だな」 男はウェイトレスに聞こえるようにいうと目を細めて呟いた。 「あんな女はすこし顔がいいからって付け上がる。だから男が避けるんだよ。そういう女は顔を切り刻んで、自信を完全に失わせてから殺すのが快感だ」 メガネの額から冷や汗がにじみ出た。
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