お会計

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お会計

「それじゃあとで」 マスターはそう言って電話を切った。 店の表から入り、客に挨拶しながら、あいのいるカウンターにいく。 「あいちゃん」 「はいマスター」 「すまないんだけど送別会が入ってしまったよ」 マスターが参ったという仕草をする。 「あ、そうですか。いつですか?」 あいはグラスを洗うのを止めずに聞いた。 「今日、なんだけど」 マスターは言いにくそうに答えた。 「・・・またですか」 あいは蛇口を閉め、ため息をついた。 「はいはい、いってらっしゃい。また私だけでここを閉店までやってくれってことでしょ?」 「・・・いや、実はさ、送別会をここで・・さ、することになった・・・んだ」 マスターは苦笑いをする。 「えっ!?ここでっ?」 あいは驚き、マスターに断るようにと語気を強めた。 「ごめんね、俺も一度断ったんだけど幹事がどうしてもってさ」 「いやです。送別会なんてここではさせないから。」 あいはさらに語気を強める。 「送別会したら、明日ここ開けないよ」 マスターはあいを厨房に呼んだ。 「マスター、送別会のあと誰が片付けるの?まさか私じゃないよね?」 「・・・お願いできる?」 マスターが両手を合わす。 「絶対いや!」 あいはマスターの手を払った。 「いつもみたいに散々散らかされたら、たまったもんじゃない!それなのに同じ時給で片付けしなきゃなんないの?しかも私がゲストの相手しないといけないんでしょ?絶対、無理ムリむり」 あいは首を横に振った。 「いや、今回は静かにするからさ。」 「信じられない」 あいは横を向いて膨れっ面になっている。 マスターはあいの顔をみて、目を閉じため息をつくと 「・・・わかった、時給をアップするよ」 「えっ、今なんて?」 「送別会の手伝いと片付けまでの時給は800円にアップするよ」 「・・・は?」 あいはマスターを下から睨む。 「・・・は、850円」 マスターは少し苦しそうに答えた。 「・・・わかりました。送別会はマスターが全てやってくださいね。私は帰ります」 あいはエプロンを外そうとする。 「わかったわかった。850円以上は出す。どうだ!」 「それっていくら?」 「あいちゃんの頑張り次第で1000円もありだ。どうだ!」 「ふん、信じられない。前もそう言われて結局800円のままだったし」 「多分今日は大丈夫。臨時収入が結構あるからさ」 「なにそれ」 「とにかく上げるといってもその時間帯だけだからね」 「はいはい」 あいは不信感たっぷりだが、 「よし、決まった!」 とマスターは気にせずあいに段取りを話し始めた。 「よし、決まりだな。」 男はメガネの手を要求し強引に握手をしようとしたがメガネは手を出さなかった。 「おい、なんだよ」 男はタバコに火をつけ、煙を黒田に向かって吐いた。黒田はおしぼりで鼻と口を覆う。メガネは不安な顔を隠せない。 「お前、信用してないな」 「い、いえ、そんなことは・・・」 「お前な・・・」 男が何か言おうとしたときあいがカウンターから出てきた。あいは他の客に何かを言っている。あいは店の事情で今日は閉店することをカウンターの奥にいる客にまず伝えた。お金をもらい客を送り出す。あのいやな客と座っているサラリーマンは最後にしようと、次にそのテーブルの入り口反対にいるオタクっぽい客に閉店を伝えた。その客もその場でお金を払い、出て行く。客はあと、男とメガネだけ。あいはタイミングをみて声をかけようとカウンターにもどった。 男とメガネはあいがカウンターに戻るまで黙った。戻ったのを確認するとメガネに顔を近づけろと合図をした。 「俺を信用できないなら、別にいいんんだが」 男はニコっと一瞬笑い、目が座った。 「ただな、ここまで来て話はなかったことにしてくれなんてことは有り得ない。お前は俺のコードネーム”戌”を知ってしまった。裏世界を知っている人間は震え上がる名前だ。・・・この意味わかるか?もうただじゃ済まない問題になっていることはわかるな。今、お前が選べる選択肢は3つだ。サツにバラしてお前がムショに行くか、お前を殺して全てなかったことにするか、報酬の5倍の金額を支払って契約成立、お前は生き残るか」 「・・・」 メガネは恐怖で震えだした。 「どうする方が賢明か考えるんだな」 男はメガネに詰め寄る。メガネは黙って下を向いて手を膝に置き、強く目をつむっていた。男はいつのまにか水を飲み干し、空のグラスを持ってあいに水を頼む。 あいは水をもって男とメガネのテーブルにきた。水をあいから受け取ると、あいが声をかけてきた。 「お客さん、すみませんが店の事情で今日はもう閉店することになりまして」 「は?」 男が聞き返した。 「申し訳ありません。今日はもう閉店させていただきたくて」 あいが申し訳なさそうにもう一度言った。 「おい、話終わってないんだよ」 男はあいには目をくれない。 「少し待てよ。もうすぐ終わるからよ」 男はタバコに火をつけた。 あいは微笑んだ。 「わかりました。ただお客さん今日はなにも注文されていないですね」 「あ?悪いか」 男はあいを睨む。あいはとんでもないという仕草をし、 「いえ、今回こちらの都合で閉店してしまうので、コーヒーを一杯サービスさせていただきますがいかがですか?」 あいは笑顔で二人に聞いた。 「く、ください」 メガネは気持ちを落ち着かせようと引きつった顔で注文した。 「いらない」 男はあいを振り払う仕草をする。 「お客さん、この店のマスターの淹れるコーヒーはとっても美味しんですよ」 あいが引きつっていない普通の笑顔をメガネに向ける。 「そうなんですよ、それもあってここを選んだんです」 メガネはまだ引きつっている顔で男にコーヒーを勧める。しかし男は「いらないのはいらない」と煙をあいとメガネに吹きかけた。あいは煙を避け、メガネはむせる。あいはもう一度すすめた。 「通もうなずく味なんですよ」 「姉ちゃん、しつこいね」 男は少しイラっとし始めた。メガネはそれをみて黙りこんだ。あいはそれを無視するように話をする。 「そうですかぁ、残念です。最後に美味しいコーヒーをと思ったんですけどね」 男はニヤッとして言った。 「こんな店のコーヒーなんぞ飲めるか。俺は一流店のコーヒーしか受け付けないんだよ」 ニヤリと笑う。 「そうですか、残念です。”最期"の特別サービスだったんですけど。。。それじゃ其方のお客さんだけ持ってきますね。」 あいはコーヒーをひとつ持ってきて、メガネの前に置く。 「あと、すみませんがお会計先にお願いしていいですか?」 あいはそういって精算書をテーブルに置いた。
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