百歳の君、十歳の僕。

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 ***  逃げ出した時、十歳だった僕達。  残酷な事実が露呈するまで、そう時間はかからなかった。僕達は同じ施設にいたものの、受けた実験内容は共通していなかったのである。同時に、生まれ持った素質にも大きな差があった。超能力を得た僕。超人的な身体能力を得たしいちゃん。二人共ウイルスのへの強い耐性は持ち合わせていたが、僕に限ってはそれだけではなかったのである。  僕は、年を取らない身体になっていた。傷ついてもすぐに塞がって再生する。首がちぎれ飛んでさえ、気づけば元に戻っているのだ。十歳の姿のまま、永遠に死ぬことの出来ない身体になってしまった僕。でも、そんな僕よりも涙を流したのは彼女だった。 『こんなの酷い……こんなのって、ない!どうして、のっくんだけがこんな目に遭わないといけないの?のっくんが何をしたの!ずっとずっと生き続けないといけないなんて、そんな苦しいことってある!?』  彼女は、僕のために泣いてくれた。自分がいつか年を取って、間違いなく僕より先に死んで行くことよりも。その結果、僕が一人ぼっちになってしまうことの方を恐れたのだ。  小学校で、誰よりも笑顔が可愛くて、ひそかに男子達のアイドルだった彼女。でもきっと僕達が彼女を好きになった一番の理由は、彼女が美人だったからではない。どんな怖い場所にいても、辛い状況であっても、彼女が他人への気遣いと優しさを忘れない人間だったからである。  そうやって、僕のような冴えない奴のために涙を流し、理不尽な運命に怒りを露にする彼女を。一体誰が、愛しく思わないというのだろうか。 『しいちゃん。あのさ、頼みがあるんだ』  この凄惨な逃避行で。アンデットが闊歩し、化物が生きたまま人を喰らうような生き地獄で。彼女が、年をとって老衰で死ぬまで生き延びられる保証は何処にもなかった。いくら超人的な身体能力があってウイルスに感染しないからといって、彼女は僕と違って驚異的な再生能力など持ち合わせていないのである。傷つけられれば死ぬ、人間の身体を持っている。そして生き抜くことは、彼女が年老いていけばいくほど難しくなっていくだろうことは想像に難くないことだ。 『僕は、こんな事件が起きてしまった原因を、真実を突き止めたい。あの恐ろしいウイルスが何なのか。そして、それでもまだ世界を救う方法があるのかどうか。どうか、僕についてきてくれないか。きっと長い旅になるだろうけど。僕は君の寿命が尽きるよりも前に、君がこれ以上泣くことのないように……それよりも前に世界を、変えてみせると誓おう』  それでも、僕は。  一日でも、一時間でも、一分でも一秒でも長く――彼女の傍に、いたかった。いて欲しいと、そう願ったのだ。 『君が、好きだ。……二十歳になっても、五十歳になっても……いつか君が、百歳のおばあちゃんになっても。僕はずっと、君に傍にいて欲しい』  僕が年を取らない以上、僕達の外見年齢は年月を経るごとに離れていくことだろう。十歳の外見同士で、同い年の少年少女で愛を語れる時間はきっと今だけ。  だから僕は。頭の悪い僕なりに、どこかで見たアニメやドラマの世界を一生懸命思い出しながら、歯の浮きそうなセリフを言ったのである。ツギハギだらけでも、借り物でも、そこに込められた意味だけは紛れもなく真実であったのだから。 『……あたしが、百歳の……皺だらけのおばあちゃんになっても、本当に愛してくれる?』  泣き濡れる彼女に応える代わりに、僕は彼女を精一杯抱きしめていたのだった。 『ありがとう……ありがとう、のっくん。あのね、あたし……あたしきっと、百歳まで生きるから。それまでずっと、傍にいるから。……きっと、きっと。真実を見つけて、世界を救いにいきましょう。あたし達、誰かを傷つける兵器になったんじゃない。きっと、たくさんの人を助けるために、こうして今生き残ったんだものね……』
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