百歳の君、十歳の僕。

2/7
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 ***  始まりが何であったのかを、僕は知らない。その伝染病は一気に世界を覆い尽くし、人々は恐ろしい勢いでバタバタと死んでいった。何よりも恐ろしいことは、その病はただ人を殺すだけではなく――死んだ人間をアンデットとして蘇らせ、生きた人間にさらに被害を広げる存在であったということである。  まるで、B級映画の世界にでも迷い込んだかのよう。それでも、当時十歳だった僕らにとって、それは紛れもない現実だった。世界は一刻も早く、ウイルスの対策を取る必要性に迫られたのである。要求されたのは、ウイルスを無効化するワクチンと抗ウイルス剤の早急な量産。同時に――ウイルスを振りまきながら闊歩するアンデット達を掃討することのできる、大量破壊兵器の開発だった。  手段を選んでなどいられない状況であったのは、事実だろう。親のいない僕と彼女は、そうやって集められた子供の一人だった。そして実験を受けたのである。ワクチンを試すためのモルモットになるために。同時に、ウイルスに負けることなく、不思議な力を持って悪夢を打ち払うことのできる人間兵器を作るための人体実験を作り出す為に。 『痛い痛い!やめてやめてやめてやめて!』 『誰か、誰か助けて……熱いの、目が、目が焼けちゃう……っ!』 『ぼくのうで、うで……と、とれ、ちゃ……』 『やだ!やだやだやめて!こんなのやだ、やだよおおおお!』 『お母さん、お父さん、なんで……なんで助けてくれないのお……っ!!』  凄惨な人体実験が繰り返され、失敗した子供達が次から次へと死んでいく地獄。あるいは化物になりかかり、大人達にその場で“処分”されていく始末。だが、僕と彼女が研究所にいた時間はそう長いものではなかった。訓練中に、研究所がアンデッドと、それがさらに進化した怪物の群れに襲われたのである。  チャンスだと、僕はそう思った。大人達が食い殺され、逃げ惑うのを見てそう考えるなんて本当に酷いことだと思う。でも、なりふり構っていられないのは僕も同じ。何もかもを守るだなんて、このちっぽけな身体ではけして出来ないことを知っている。僕が握れる手は、一つだけ。阿鼻叫喚地獄の中、僕は同じように捕まっていた彼女の手だけを必死で握って走り出したのだ。 ――神様。ああ神様。そんなもの、本当は何処にもいないのかもしれないけれど、もし許されるなら。臆病な僕に、ほんの少しだけ……勇気を下さい。  彼女のことを、僕はずっと”しいちゃん”と呼んできた。  幼い頃からずっと同じ町で育ち、性別の垣根を超えて遊んだ大事な友達。  そして僕の、ずっと片思いをしてきた女の子だった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!