百歳の君、十歳の僕。

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 ***  彼女の誕生日になると、決まって僕はやることがある。  世界中を回り、時にレジスタンス達と共闘し、誰かを助けて走る日々。誕生日になっても、ケーキどころか美味しいパンの一つも用意できないなんてことはザラにあった。本当は、こんな僕の途方もない夢に付き合ってくれる彼女に、あらん限りの気持ちを込めたプレゼントを贈りたいというのに。 『そんなものなくてもいいのよ』  それは、僕達が十歳で逃げ出して、最初の彼女の誕生日を迎えたその日に言われたこと。 『そのかわり、一つだけ……誕生日のたびに、私の一番欲しいものを頂戴』  彼女が何よりも欲しがったのは、物ではなかった。  僕はハッピーバースデーの歌を歌うと、紙に書いた下手くそなケーキの絵の下に、直筆のメッセージを書き足すのである。 『二十歳のお誕生日、おめでとうしいちゃん!  僕の、しいちゃんの好きなところ!オムレツを作るのが世界で一番上手なところだよ!!』  僕はそれを読み上げる。それを見て彼女がくすくすと笑う。  彼女の願い。それは誕生日のたびに――愛を確かめ合うこと。  確かめ合うといってもそれはセックスじゃない。十歳の僕の身体と、二十歳の彼女では彼女の望みを叶えてあげることができないからだ。精通が一生来ないままの僕と、実験の後遺症で子供ができなくなってしまった彼女。それよりも欲しがったのは、目に見えないからこそそこにあるはずの真実である。  誕生日が来るたびに僕は、彼女の好きなところを添えて愛を伝える。最初の十一歳の誕生日だけは、今まで生きてきた数を合算して十一個伝え、それ以降は一つずつ。彼女は何よりもそれを欲しがり、喜んだのだ。どんどん離れていく年齢、それでも僕が彼女を変わらず愛してくれるかどうか。それがいつも、不安で仕方なかったのだろう。  でも彼女はけして、そんな気持ちを表に出すことはしなかった。  どれほど戦局が悲惨でも、今日顔を合わせたばかりの人が死んでも、救えない命を目の当たりにしても救えなかった結果どうしようもない誰かの憎悪を浴びることになっても。  十歳のあの日以来、少なくとも僕の目の前で彼女が泣いたことはない。いつも気丈に、まっすぐ背筋を伸ばしてそこに立っていた。それが、僕の傍にいる資格だと言うかのように。 ――君は、気づいてないんだろうね。……どんなに君だけが大人になっても。年が離れていっても。君への思いは、年月を重ねるごとに強くなる一方だってこと。僕が君を嫌いになるなんて、そんなことあるわけないってこと。  彼女への“好き”が百個積み重なる前に。  必ずこの世界を救ってみせようと決めていた。――彼女の最期を見て、僕が泣いてしまう、その前に。
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