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タイムマシンが完成したのは――僕達が最初に示したタイムリミットが切れる、まさにその直前のことだった。
『起動した……!時空が、時空が過去へと繋がったわ……!』
皺だらけの手を叩いて、しいちゃんは喜んだ。
生存者は殆どいなくなり、歩いても歩いても荒野か廃墟が見つかるばかりとなってしまった世界。僕達はたった二人で、おおよそ六十年をかけて研究を完成に導いたのである。
僕達二人の愛の結晶である、カプセル型のタイムマシン。後はこれに乗り込み、失われた過去を取り戻す旅に出るだけだ。
『しいちゃん、ありがとう!君のおかげだ。君が頑張ってくれたから……しいちゃん!?』
九十九歳の、春。
タイムマシンが旅立つ姿を見ることなく、彼女は倒れた。約束の百歳の誕生日まで、あと三日と迫った時である。
『あたしも、すっかりおばあちゃんになっちゃった。……百歳のあたしと、十歳ののっくんが恋人同士だなんて……きっと、誰が見ても、信じないでしょうね……』
どれほど頑丈でも。どれほど能力を得ても。人はいつか、必ず死ぬ。彼女もその枠組みを外れることは出来ない。ボロボロの身体で、酷使し疲れきった心身を奮い立たせて研究を続けた彼女。その命の火は、もはや風前の灯火も同然だった。
簡素なベッドに横たわり、穴だらけのタオルケットをかけられただけの彼女は。それでも心底幸せそうに言うのである。
『嘘は、嫌いなの。あたし、嘘つきになんかなりたくないわ。あと三日……三日は、絶対生きて見せる。だから、のっくん。絶対、絶対よ。百個目の、誕生日プレゼント……忘れたら、怒るからね』
『そうだな。……しいちゃん、怒ると本当に怖いもんなあ。なあ、覚えてる?僕らが三年生の時にさ、遠足に行った帰りにキッチーの奴が来て……』
『覚えてる覚えてる。あたし、そういうの絶対忘れないのよ。まさか三年生にもなって……ねえ。スカートめくりして喜ぶ馬鹿がいるなんて、思ってもみなかったんだから……』
彼女が頑張り切れるように。約束を守れるように。
三日間、僕らは多くの思い出を語り合った。少々記憶が曖昧になってしまっているところはあるし、特に年を取った彼女はボケてしまっているところもあったけれど。それどもその三日間は、間違いなく僕にとっては最高の宝物に違いなかったのである。
十歳の彼女も、百歳の彼女も、僕が世界でただ一人愛した女性であることに違いはなかった。
そして約束の三日目。僕は意識の朦朧とする彼女に口付けて、百個目のプレゼントを渡したのである。
『百歳のお誕生日、おめでとう……しいちゃん。
僕の、しいちゃんの好きなところ。
それは……それはね。こんな僕のずっと傍に居てくれて……最高の約束を、ちゃんと守ってくれたところ……だよ。
大好きだよしいちゃん。世界で一番……君が、好きだ』
最期に、彼女は微笑んでいた。
皺だらけの顔に、さらに深い皺を刻んで、目を細めて、心の底から満たされたように――笑顔を咲かせてくれたのだ。
『愛してるわ。……展男さん。生まれ変わったらまた……また一緒に、私と百年……生きてね』
三日目の日付が変わり、まだ朝が来る前の深夜。
それは降るような星空の散る晩のことだった。
『ああ。……愛してる、静音。世界で一番、君を』
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