さよなら、スピカ

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浦沢は目の前に止まったタクシーに乗り込むと、運転手に話かけながら俺も乗るようにと視線で促す。 行き先もわからないまま、動き出したタクシーの中で、浦沢は勤めて明るく振舞っているように思えた。 「こうして星野と喋るのも久しぶりだよなぁ。五年前のあの日以来、誰とも話さなくなったからさ、これでも結構心配してたんだ……」 窓の外に顔を向けたまま、浦沢が明るい声でそう言ったものだから、誰の話をしているのか、気がつくのに数秒かかった。 「なぁ、浦沢。俺さ……五年前の……記憶があんまり無いんだよ。俺が星を嫌いになったのも、友達を作らなくなったのも、やっぱりその五年前の何か(・・)がきっかけなんだよな?」 「マジかよ」と浦沢の驚いた声が横から聴こえたけど、俺は自分の膝上で組んだ手から視線を逸らす事が出来なかった。 あの日の数日前。 俺は確かにこの手を差し出して約束していたんだ。 赤い月が出る日曜日、一緒に天体観測をしようと。握った手の温もりも、約束した時の笑い声も。全部思い出したのに。 あの日の出来事が思い出せないんだ。
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