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屋上には既に天体望遠鏡がセットされていて、俺とハナイは皆既月食が始まるまで、昨夜設営したテントに寝転んだ。
「ね、スピカって好きな女の子とかいるの?」
こんな下らないハナイの会話から始まった、たわいの無い日常の話も。
五年間という空白を埋めるには、あまりにも短過ぎて、気づけば月の一部が赤黒く欠け始めていた。
「うわっ! しまったぁー!!」
月食の兆しに気付いたハナイはテントから飛び出すと、慌てて天体望遠鏡を調整し始める。
俺はそんなハナイの背中を眺めながら、零れ落ちそうな涙を堪えるので必死だった。
ハナイの背中がほんの僅か、透けていたのだ。
「ねぇ……スピカ。皆既月食ってさ、死と再生を意味してるって知ってる?」
天体望遠鏡を覗いたまま、ハナイは静かに呟いた。それは消えそうなほど頼りなくて、怯えているようにも思えた。
「じゃあ、皆既月食の日は、死んだ奴も蘇るかもな」
戯けた口調で俺が答えると、それを振り払うようにハナイが声を荒げた。
「違うよっ!」
その声ははっきりと。
振り返った先にいる俺に向けられて発せられた。
「蘇った人が、もう一度死ぬ日なんだ」
金色の月は半分ほど赤黒い光に包まれ、それを投影してるかのように、ハナイの体の左半分も薄っすらと透けていた。
「ハナイ……」
体が。
そう言葉にできない代りに涙が零れおちる。
「時間切れ。もうちょい粘りたかったけど、駄目みたいだ……」
ハナイの両目からも涙が零れ落ちて、透けた体を通して月の光が涙を金色に染めた。
「さよなら、スピカ」
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