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男性が好きだった。僕が物心がつく前に父さんは居なくなっていたので、ファザコンが行き過ぎてゲイになったのかもしれない、とそう思ってる。
初めて好きになったのは、僕が十歳の時だ。母さんが連れてきた最初で最後の彼氏。工事現場で働いているという筋肉質なお兄さんだった。僕がマゾヒズムに目覚めたのはこの時だ。
お兄さんは普段は良い人なのだが、酒好きで酒が入ると暴言を吐き暴力を振るい手が付けられなくなる、いわゆる酒乱だった。
ある日の夜、お兄さんがまた酒を飲んで居間で暴れていた。こっそり襖を少し開けて覗いていたら、突然何か喚き散らしながら母さんを殴りつけ始めたのだ。僕は咄嗟に飛び出して蹲る母さんを庇うように覆い被さった。しかしそのことが男の逆鱗に触れたようで、今度はターゲットを僕に変えて髪を掴んで母さんから引き剥がすと、殴る蹴るの暴行を加えた。その時死ぬかもしれないという思いと共に、初めて顔を殴られて鼻血が出た時、何とも言えない感覚が身体の奥底で燻っているのが分かった。
痛みに耐えられず蹲っている僕の腹を蹴り続けるお兄さん。意識が遠退いてきたところで、母さんがお兄さんに体当たりを食らわせた。そして僕を半分引き摺るように抱えて裸足で家を飛び出し、近所の派出所に助けを求め事なきを得た。
結局、この事件で二人は別れたので、それっきり暴力を振るわれることは無かった。とういうか、お兄さんは刑務所行きになったのだが。「お兄さんはもう来ないの?」と母さんに聞いたら、「怖いことはもうないのよ。大丈夫よ」と言われ、酷くがっかりした記憶がある。僕は潜在的に「また殴られたい」と思っていたのだ。
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