皇帝の死
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皇帝の死

 小さな指先がほおを幾度もでる。 「あなた大丈夫? 酷くうなされていたようだけれど」  天蓋てんがいで陰の出来たベッドの上で目覚めると、愛しいミレアの長い睫毛まつげいろどられた星のような瞳がヘレウドを心配そうに見やっていた。彼女の長い金髪が外からの風でなびくが、その裾野からまだ五歳になったばかりの息子が必死に小さな手を彼の顔へと伸ばしていた。 「だいじょーぶ?」 「ああリドリー。父は近衛兵長このえへいちょうにも一度勝ったことがあるくらい強いんだぞ」 「あなたそれ、全然自慢になりませんよ。兵長さん来年で還暦でしょう?」  薄ピンクの唇が花びらのような曲線で笑ったが、息子にはまだ理解が難しい冗談だったようだ。彼女がヘレウド似だという、その栗色のはっきりとした瞳をきょろきょろさせながら、二人だけで笑っていることに少しむくれて不細工になった。  そこにドアがノックされる。叩き方が強く、すぐに近衛兵のアルバートだと分かった。 「殿下! お父上……陛下がお帰りになられたようです!」 「わかった。準備をして出向くと大臣たちに言っておけ、アルバート」 「は、はい!」  すぐに慌ただしい足音が遠ざかっていく。 「おじいちゃん?」 「ええそうよ。遠征から帰ってこられたの」  ヘレウドはベッドから体を起こすと、薄手のローブだけを引っ掛けてバルコニィへと出る。  既に城門前にはかき集められた兵士たちがずらりと並び、砂埃で煙る遠方から黒い影の隊列が近づいてくるのを、騒々しく待ち構えている様子が覗き見えた。 「あの様子だと今回のランドールとの和平交渉が上手くいったのだろうな」 「これでしばらくの間、戦におびえなくても良くなりますね」  三年の戦火を鎮火に向かわせたのは平安帝へいあんていと呼ばれているアワローヌ皇帝リオンの、皇品こうひんたたえられる人格の成せるわざだった。 「父上のことだ。そこは抜かりなく事を運ばれたことだろう」 「せめてあなたが皇帝になるまでは、何事もない世であって欲しいわ」  妻のミレアはそう言いながら我が子の金髪を撫でたが、まだ何も知らない息子はきょとんとしたまま二人の大人を見つめ返していた。
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