皇帝の儀
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皇帝の儀

 日が明けて間もなく、ヘレウドは身支度も程々に執務室へと急いでいた。  部屋に入ると既にそこには教皇きょうこうガーネスほか、宰相さいしょう、近衛兵長、王国軍最高司令官など、国政の中枢をつかさどるひと握りの者が集まっていた。 「随分ずいぶんと悠長なお出ましですな殿下……、それとも陛下とお呼びした方が宜しいですかな?」  白蛇を思わせる頭髪と眉毛を全て排除したそのちは教皇にだけ許された聖装らしいが、ヘレウドからすると不気味を全身に装備しているようにしか見えない。 「このような時に悪趣味な冗談は止してくれまいか、ガーネス聖下せいか」  目元がすっかり白くなった眉毛で覆われた近衛兵長がたしなめたが、当のガーネスはぎょろりとした目を細めて笑みを返しただけだ。 「まだどこにも情報は漏れていないのだな?」  臣下たちのいがいに付き合っていられる心の余裕はなかった。皇帝の死、という事実は国の一大事であると共に、このアワローヌでは一刻も早く次なる皇帝へと継承の儀式を行う必要があったのだ。 「はい、大丈夫でございます」  険しい表情で答えたのは宰相マルフだった。 「ここにおられる方々に加えて、陛下の世話係だった数名の女官たちだけです。その者たちには他言せぬよう固く言いつけてあります」 「分かった。だがしかし、私にはまだ父が亡くなったことが信じられないのだ。あれだけ勇猛で鳴らした父上が、胸の病を患っていたなどとどうして信じられようか」  会食中に突然血を吐いて倒れた、とガーネスから報告を受けた。食事を運び入れた女官たちを除けば、部屋には二人切りだったと聞いているが、その教皇は半眼でうなずきながら身振りを交えてこう答えた。 「マルダ神の名において真実しか口にしておりませぬが、私の言葉は信用に値せぬとお考えですか? 事実陛下は私の目の前で倒れられた。すぐに女官を呼び確認させたところ、口から血を吐き出されており、王医が駆けつけた時には既に絶命されていた」  今朝から何度もそう聞かされていた。ヘレウド以外の者は一様に互いの表情を伺ったが、ここでの真偽の追求を申し出る者はいなかった。 「それよりも一日と時間を置いては皇帝の御心を定着させることが出来なくなります。そうすれば我が国で脈々と受け継がれてきた皇位が途絶えてしまうのですよ? そちらの大事のこと、まさかお忘れではありませぬな?」  ガーネスの大きな目玉がヘレウドを捉える。 「分かっている。だが本当に私で良いのだろうか。初代赤獅子帝と比類するとまで云われた父上の後、それも第百代目という節目だ。その器があるとは私にはとても思えない」  それは何度も近衛兵長やアルバート、妻ミレアの前で吐露してきた本心だった。 「だからこその継承の儀なのですよ。代々受け継がれてきた皇帝の御心をご自身の内に宿すのです。そうすることで我がアワローヌは絶対の安寧を手に入れてきたのですから」  物心付いた頃から周りの者には言われてきた。やがて百代目皇帝となる御方だ。皇帝の魂を宿す器になる。特別な神の子なのだと。 「……日暮れまでには儀式が終わりますが、殿下、ちゃんと聞いておられましたか?」 「ああ、すまない。少し目眩めまいがしてな」 「お父上を亡くされたばかりなのだ。ご心労もありましょう」  いつもルノルフには助けられてきた。片目をつぶって見せると、儀式まで自室で休むように提案する。 「そうだな。何かあればすぐに部屋に誰か寄越してくれ」 「御意に」  宰相が頭を下げたのを見て、ヘレウドは席を立つ。ガーネスは口元に薄っすら笑みを浮かべて視線を送っていたが、その気持ち悪さから早く逃れるようにと、部屋を出た。
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